58 / 85
6月
57
しおりを挟む「あかん…やってもうた…イライラを物に当ててチカちゃんにも当たってもうた…終わった…」
『♪~』
知佳を追い出してから1時間、布団で小さくなっていた千早の耳に玄関チャイムの音が届いた。
「なんや……ぅわっ!」
彼女が出て行ったきりで施錠してなかった扉を開けて勝手に入ってきたのは美月と高石で、
「千早さぁん、こんにちは♡上がるわよ」
「おっす」
と口々に挨拶をしてずかずかと上がり込まれる。
「なんやの…姉さん…高石も…」
「聞いたで、チカちゃんになんや怒ったんやて?」
「チッ……すーぐ告げ口しよる…」
「……なんも失礼な態度なんかとられたこと無いやろ、何があかんかってん?」
これだから女はとでも言いたげな顔にカチンときて言い返しそうな美月を抑え、高石が切り込んだ。
「……日頃からちょっとずつ…下に見られてる感じがしててん…俺は勉強もでけへんし物も知らへんし…気ぃ遣われてんのがえらい鼻につくようになって…」
「ふーん…」
「……、」
「……、」
一応「全部聞き出すまでは黙っておいてくれ」と高石から頼まれていた美月は静かに畳へ座っていたが、あまり進まない話に痺れを切らし部屋をキョロキョロと見回した。
すると隅に洋服で隠された冊子を見つけ、目を止める。
背表紙から察するに雑誌ではなく書籍か、美月は無作法だと思いながらも足を崩して手を伸ばし、上の服を払い除けるとそれはやはり分厚目の参考書的なものだった。
「……千早さん…これ、勉強してるのね?」
「おい、勝手に…」
「難しそうな……今より上の資格ね?もしかしてこれに躓いてたの?」
「やかましな…」
今現在保持しているものの上級資格、取得すればできる作業が増えて扱える仕事が増える。
「…取っときゃ仕事の幅も広がるし…大将も助かるやろし…社員ももっと増やして…その…」
「うん、従業員も生活が楽になるわな」
「せやろ…俺かて色々…会社のこと考えてんねん…しやけど難しうて…実技はともかく座学があかんねん…人の倍くらい読まな頭に入らへん…」
肩書きだけとはいえ常務なのだからそれなりの責任を持って働きたいと思う反面、長年だらだらと先延ばしにしていたもので…知佳という恋人を得て少し先の未来を考えたことでやっと重い腰が上がったのだ。
しかしこの春から始めた資格勉強はどん詰まり、苦手意識がありダメで元々で始めたものだから誰にも打ち明けられず相談もできなかった。
「せやったら人の倍するしかないやんか…俺もぼちぼち、大型特殊とかフォークリフトとか取ろうか思うてるよ。重機もな、」
「そうなん?」
「そらデカいもん担ぐんは若いうちしかできひんやんか…そのうち…所帯持つかもしれへんしな、なぁミーちゃん」
「あら」
こちらも先を考えている、高石の具体的なプランに美月はパァと顔色を良くする。
「千早、そのな…お前は馬鹿にされたって思うかもしれへんけどな?チカちゃんは『配慮』してくれてんねん。クイズでお前が答えられへん思うても揶揄うわけちゃうやろ?分からんなぁ言うて演技してくれてんねやろ?お前、チカちゃんの打った伝票は分かり易い言うてたやんか。俺らが読まれへんような字を使わずに、皆が読める文章にするいうんは『配慮』や。ユニバーサルデザインよ…知らんなら調べろ。動機はちゃうかもしれんけど、結果的にええように回ってるやろ?」
交際する前に気付いて本人に告げたこともある、彼女が入力した伝票の補足欄は工事内容を限られた字数に詳細かつ端的にまとめてある。
正式には漢字の単語も半角カナや記号で工夫して詰めて読みやすくしてあって仕事がしやすかった。
「……」
確かにそうだ、勝手にコンプレックスをつかれたと被害者意識を持って突っ掛かったのは悪かったな、いきなり激昂してさぞかし怖い思いをさせただろう。
彼女がしてくれていたのは思いやりで、こちらの苦手意識を刺激せずに転がしてくれていたのに…食ってかかってあろうことか人格攻撃までしてしまった。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる