40 / 85
4月
39
しおりを挟む「……おーし、」
千早はバイクに跨りいつも通り県道へ出て、しかし裏道を曲がりすぐに引き返す。
そして知佳のアパートの隣の農業農林組合の敷地に静かにバイクを停めて、そうっと玄関扉の前を歩いて…
『♪~』
棟の端から2番目の扉のチャイムを鳴らした。
『はい………あれ千早さん?どうしました?』
「ん、ちょいと言い忘れたことがあってね」
『待ってください、』
彼が訪問したのは先程まで居た松井の部屋、ぱたぱたと出てきた家主はうたた寝していたのか顔に袖の痕が付いている。
「ど、どうしました?」
「うん、ちょっと入らせてな。……松井くんなぁ……その、もし、もしよ?ムラタをクビんなったら、うちに来いよ。みんな気のええ奴らやし、給料もなかなかやから」
「え、あは、わざわざ…それを?」
少し気張っていた松井はキョトンとした後に吹き出し、しかしすぐさま表情を作ってニヒルに首を傾げて見せた。
「うん……いや、車好きやったらドライバーでもええし…再就職までのつなぎでも、できるから…そのー…ちっとでも気分がな、軽くなりゃええなと思うて」
このご時世に正規社員の座を失うことはなかなか辛い、しかも松井のようにプライドが高い者は職種の違う肉体労働など嫌うかもしれない。
しかし短期の繋ぎと割り切って、それも知り合いからのスカウトという形ならば働き易いのではないかと…千早なりに考えてのことだった。
「ありがとうございます…優しいんですね」
「…まぁね……チカちゃんがお世話になってるからな……うん、悲しいけど俺とのデートより松井会を優先されたこともあるしな、あの子…松井くんのことはほんまに慕ってるから…辛い目には会うて欲しくないねんな………うん、ほな、うちのチカちゃん、あんまり虐めんとってや、俺のやから、な、おやすみ!」
「あ、おやすみなさい、」
また千早はこそっと建物の前を通ってバイクへ戻り、今度こそ県道から国道へ出て自宅方面へと走り出す。
「余計やったかなー…ひひっ…」
フルフェイスの下で千早は「柄にもないことを」と自嘲した。
その数日後に聞いたところによると松井はクビではなく近隣店舗への転勤、相手のパワハラ上司も降格の上転勤になったそうである。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる