自己評価低めの彼女は俺の自信を爆上げしてくれる。

茜琉ぴーたん

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4月

25

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「チカちゃんこれ、新刊買うてへんの?もう発売してない?」

知佳ちか所蔵の青年漫画を読みふけっていた千早ちはやは、既刊分を最後まで消化して次巻を催促した。

「んー、そろそろ発売日かな…?最近、まめに本屋に行かないから…把握できてなくて…」

「へ、ほな本屋行こう?続き読みたいわ」

「売ってるかどうか確認してから……あ、明後日発売みたいです」

スマートフォンを置いて知佳は自身の作業に戻る。

 千早は小さく舌打ちをして本棚へ漫画を返し、別の本を持ってはまた定位置へ直る。


 本日二人は揃って休日だというのに知佳のアパートでお篭りデートを楽しんでいる。

 今日は朝からひどい雨で、その中をヘルメットひとつで凌いで来た千早を風呂へ入らせて、今はまったりとそれぞれ趣味を嗜んでいるところであった。

 知佳はベッドの端に腰掛け、千早はその背中に肩が触れるように寄り添って寝そべり、互いの存在を認識しながら過ごしている。

「それさ、さっきから進んでる?」

「戻ってる、ほどいたりしてる…目数を間違ったり…それが楽しい」

「はぁ、根気あるね」

知佳が黙々と勤しんでいるのは手芸、かぎ針編みで進んでは解きをずっと繰り返しているのだ。

「何も考えなくていいから…面白い…」

「もう春よ?いつ完成すんの?」

「するかもしれないし、しないかもしれない…完成したら解いて、また違うの作るかも」

 一定のリズムで同じ動作を繰り返すと幸福を感じるホルモンが分泌されるらしい、千早は彼女からそう教えられたが眉唾物だと思っていた。

 だって楽しんでいるというより果てのない苦行を強いられているようで、難しい顔で網目を数える姿はとても幸せそうには見えないからだ。

「……」

しかし段数が増えて針が乗ってくるとやはり楽しいのだろう、静かにニンマリと微笑むチカは確かに幸せそうに見える。

 千早は後方からぷっくり上がった頬を盗み見してこちらもニンマリと笑う。


 しばらくするとぐぅ、と千早の腹の虫が鳴き、知佳は顔を上げて壁の掛け時計を確認した。

「あ、もう昼だ…ごめんなさい、何にしましょ」

「ええよ、飯さえあれば…ふりかけでも何でも」

「いや、朝も食べてないでしょ、力仕事なんだからしっかり食べないと…何か買って来ようかな、揚げ物とか」

知佳はワタワタと百円均一で揃えた編み物セットを片付けて身支度に入る。

「歩く?すぐそこやんな、スーパー」

「うん、お惣菜が美味しいから…財布…」

「ちょいチカちゃん、その服はあかんよ。首元がでろでろや」

残金を確認した財布を収めて鞄を斜めがけにした知佳を見て、千早はストップをかけた。

 彼女が着ている服はだらしないのではなくそういうデザインのもので、一般的なボートネックのシンプルなカットソーである。

「でろでろしてないですよ、伸びてない」

「鎖骨が見えてる、屈んだ時におっぱい見えたもん、あかんよ」

「うわ、千早さんのエッチ」

 腕を動かすたびに首元の布が浮いて肌が覗く、男はこの家に来た朝から気にはなっていたのだ。

 変な空気にならないよう言葉に気を回したつもりだったのに、結局千早は自ら胸元を見たことを暴露してしまった。

「もー…そんなん見てまうやんか、当たり前やん」

「まぁそうか…でも屈まないから大丈夫ですって。行ってきます」

「もー、なぁて…俺も行くって…もぉっ!」

スタコラと玄関へ向かう知佳を追いかけ、千早も素足にスニーカーを引っ掛ける。





「あのさぁ、その斜めがけすんの辞めへん?パイスラになってんねんて」

「またまた…私をそんな不純な目で見る人はおりませんよ」

「俺が見るっちゅうてんのよ、チカちゃん」

 スーパーまでの距離は300メートルほど、狭い歩道を相合傘で進めばどうしても千早の目線は彼女の胸元へ落ちてくる。

 鞄の紐で胸元は押さえられたが、逆に膨らみを強調するという有様を男は苦々しく思った。

「ずらせばいい?はい」

「斜めがけするカバンをやめたらって…」

「買い物は両手が空かないと落ち着かない…引ったくりとかに遭うかもしれないし」

「んーーー、んー…」

 防犯を引き合いに出されては千早もそれ以上は強く出られず、傘を持つ彼の肘の辺りをそっと摘まむその空いた右手はいじらしい。

 斜めがけ鞄の恩恵やここにあり、しかし雨模様でなければ千早はその手をしっかり握っていたことだろう。

「そこ、犬が吠えるから注意……ヮ、」

「ビビってるやん、かわい」

「ちゃんと番犬してるの偉い…通るたびにビックリさせられる…ふふ」

 金網の向こうから通行人に漏れなく吠える他所の飼い犬、雨でもお構いなしに騒いでは小屋へと戻って行く。

「千早さんは犬派?猫派?」

「強いて言うなら猫派…飼うたことはあれへんよ」

「ふーん、私はね、犬派。10年くらい生きたかな、雑種でね、脱走ばっかりしてお馬鹿だったけど可愛かった」

 それはあまり良い思いのない実家でのことか、千早は彼女の生い立ちの片鱗に触れ、深掘りしないよう

「俺は野犬に噛まれたことあるからなー…あんまりデカいのは恐いわ」

と自分の話へと軌道を変えた。
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