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12月・諦めのサキュバス

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 きたる12月26日。

 さてクリスマス、葉山が予約を入れてくれた神戸のホテルのロビーに着いた唯は、思わぬ人物に声を掛けられる。

「ユイ!こっちや、こっち、」

小柄でピンクベージュのスーツを着たご婦人、その顔は可愛げのある童顔で、はんなりとしたなまりでその名を呼んだ。

「……お母さん⁉︎なんで?いつ来てん?」

 目をまん丸にして驚く唯の後ろから、

「こんばんは、お母様♡ご無沙汰してます」

と葉山が唯母に挨拶をした。

「ごぶさた…?おい、龍ちゃん…?」

 葉山は敵に寝返った元・仲間の様に唯母側に立ち、にこやかに微笑みながら恋人を見下ろす。

「黙っててごめんなさい、ユイさん。実は、京都時代からお母様とは交流があるんです」

「メル友やんなぁ、龍ちゃん」

「はい♡」

「は…?京都って…」

彼女がが京都にいる期間、それはつまり葉山をセフレとして良いように使っていた時代である。

 唯は葉山を捕まえて小声で、

「おい、要らんこと喋ってへんやろな!」

と問い詰めた。

 しかし葉山は慌てる唯をものともせず、

「ええ。京都にいる時からお付き合いをしてましたからね、僕ら。3年の遠距離恋愛を経て同じ会社に就職、同じ店舗に配属、そして晴れて同棲、絵に描いたような王道ラブストーリーですよね、お母様♡」

と唯母と顔を見合わせる。

「せやなぁ、ドラマみたいやんなぁ♡ユイも、あんた、うちには彼氏がおることも何も言わんし、こっち転勤してからは龍ちゃんも寂しがっててんで?」

「いや、お母さん、なんで…葉山と知り合うてんの…?」

「あんた転勤してすぐくらいやったかなぁ?ひとりで訪ねてきて、なんやユイの彼氏や言うから。遠距離で寂しい言うて、よぉ来てはご飯食べたりなぁ、イケメンやし高学歴…上玉捕まえたやないの、ユイ♡」

 幸い、葉山が笠置かさぎ家を訪れて懇意になったのはセフレ関係を切った後…進行中に接点は無かったらしい。

 唯は母の言葉を受けてふと思い出す。

 そうか、奴はストーキングが得意だった、と。

 名前もろくに教えなかったのに職場がバレたり、自宅がバレたり…この調子だと、母だけでなく家族全員手懐けられているのだろう。

 唯は大きくため息を吐く。

「へぁ…お父さんは?来てんの?」

「来てるよ、部屋で支度してるわ、あー来た来た。お父さん、こっちー!」

唯母が手招きする先、これまた小柄な中年男性がこちらへ向かってきている。

 おでこと目の雰囲気が唯にそっくりの、いや唯が似たのだが、つまりそれは彼女の父親であった。

「あぁ、こりゃ龍ちゃん、久しぶりやぁ。あ、ユイも」

 一体誰の親なのか、自分がオマケのように扱われていて唯は正直面白くない。

「…んで…なんやの?なんの用事…」

「食事会やん、僕ら同棲する言うて、龍ちゃんが家まで挨拶に来てくれたんやで?律儀になぁ、」

「は」

「まぁ、結婚を前提とした同棲ですからね。ご両親に筋は通しておかないと」

「え、」

「そろそろ、ディナーの予約時間です。行きましょう、お母様、ここ、夜景が綺麗なんですよ」

「あらぁ、ええねぇ~」

「は」

「ユイ、行くでぇ」

「お父様、お兄さんはお元気ですか?」

「おぉ、アイツも夫婦で元気元気よぉー。店もうまくいっとるしな。この前近くのムラタに営業で応援しとる芸人が来る言うて、出掛けとったで、」

「は…」


 その後のことはディナーの味さえあまり覚えていない、唯はすっかり蚊帳かやの外で、なごやかに談笑しながら食事をする葉山と両親をぼうっと眺めていた。

 やられた、お得意の外堀を埋める作戦で本当に結婚までのレールが敷かれている。

 同棲を言い出したのは唯だったが、こんな性急に話を進める気は無かったし、ましてやすぐに結婚なんて考えていなかった。
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