枯れかけのサキュバス

茜琉ぴーたん

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1月・純化したサキュバス

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 そして唯の本店での勤務最終日。

 早番の朝礼にて彼女が転勤する旨が店長より皆へ発表された。

 社員のほとんどは既知であったがアルバイトやパートスタッフは聞かされていなかったために少々どよめきが起こる。

 直属の上長である守谷フロア長も管理職研修で関東へ出張中、結局会えないままになってしまった。

 彼もまた戻って来たら昇進するのだろう、オフレコだが北店にトレード中の嘉島ももう本店には戻らないと聞いている。

 同じ市内なのにこんなに切なくなるなんて、つくづく唯はムラタの働く人の繋がりが好きだったのだと実感した。

 もちろん京都からこちらへ来る時も同様に寂しかったが、ひとりひとりと深く関わったこの本店での人間関係は格別なものだったのである。


 この日、唯は接客には付かず自分が販売した分の伝票の精査と引き継ぎに時間を割き、未入荷分の商品の手配やお得意様への挨拶電話などで定時まで過ごした。

 教育担当として世話をした葉山の接客を横目で確認しながら、時間は過ぎ…そして19時を回ってタイムカードを押し、退勤した唯は無線をオンにして

『お疲れ様です、西店行っても頑張ります、ほな!』

と挨拶を入れ電源を切る。

 応答を聞いてしまうと涙が出てしまうかも、ふぅと息をついてすぐにバックヤードへ下がった。


「ユイちゃん、おつかれさまぁ!」

「わっ…!」

バックヤードの端、事務所へ上がる階段の陰から小さな花束を持った美月が飛び出して抱き付き、追って顔を覗かせた店長を見て、唯は感無量になり言葉を失う。

「おつかれさま、急な事だったから送別会もできなくて悪いね、」

「いえ、すぐそこですし…ありがとうございます…ミツキ、苦しい」

「お別れ会をしたかったんだけど、来月まで異動ずくめでね、なかなか…副店長とか管理職も変わるしね、」

「お気持ちだけで充分です。辞めさえしなければどこかで会えますし…狭い世界ですから……ミツキ?」

「ユイちゃんっ…無線、切ったでしょう、みんな『お疲れ様』ってねぎらってくれてるのに……うぅ、」

その後は涙でぐしゃぐしゃになった美月をなだめるのにしばらくかかり…おかげで唯は泣かずに本店を去ることができた。

「ユイさん、帰りましたっ!」

「ん、おかえり、どした、そんな焦って…」

「あ、いえ…落ち込んだりしてないかと思って……大丈夫そうですね、」

「うん、今生こんじょうの別れやあるまいし…まぁ、寂しいけどな、ん…なに?それ」

「あ、ケーキです、コンビニのですけど…」

帰宅した葉山が手に提げたビニール袋には小さなスイーツがてんこ盛りで、唯はニパっと笑って受け取り冷蔵庫へ収めた。

「簡単にカレーな、この前のおでんのツユがまだいけたから…うん?」

「これ…花束、貰ったんですか?キレイですね」

 食卓の上には大きめの金属製タンブラーに分けて挿した花があり、

「うん、花瓶なんて持ってへんから…コップにな、それ生けてたら時間使ってもうたわ…ふふ…ミツキが…えらい泣いてな、制服に鼻水付いてん……明後日から使うのに……うん…」

と背を向けてカレー鍋を混ぜる唯の声が小さくかすれていく。

「ユイさん、」

葉山は後ろからぎゅうと抱き締め、ひっくひっくと小さく振れる彼女が顔を上げるまで何も言わずに目を閉じていた。


「…………ふ……ごめん、おまたせ。カレーできたわ、着替えて来ぃな」

「はい、」





「美味しいです、やっぱり出汁だしっぽい」

準備ができると葉山はその真っ赤な目の恋人を眺めながら、実に美味しく夕飯を平らげにこやかに笑う。

「…お腹が落ち着いたら、スイーツ食べましょう」

「前も大人買いしたな、あれ何の時やった?」

「僕のバースデープレゼントですよ」

「あー…今年は…ちゃんとケーキ屋のケーキにしよな、ふふ♡」

「はい♡」

この時もやはり二人では食べきれず翌日に持ち越し、寝るまでに交わしたたっぷりの口付けは全て砂糖かクリームの味がした。
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