上 下
74 / 100
1月・純化したサキュバス

66

しおりを挟む

 交通費の算出に必要なこの書類、二人はスマートフォンで航空地図を映してなんとなくのルートを書き込んでいく。

「ここやね?これが国道で…合ってる?」

「はい、ここ…所要時間は20分とかでいいんでしょうか?この半分の日もあれば交通量によっては全然進まない日もありますけど」

「しやね…算出は距離で出すんやろうから、20分にしとこか」

これは本社へと送る書類、所属の管理職の印鑑が要るため必ず二人の上長である守谷もりやフロア長へお目通りさせねばならない。

「守谷フロア長、何て言うでしょうか」

「んー、疑われてもないもんな、うちら」

フロア長の次は店長へ、同時期にこの書類が発生すること自体も珍しいのに、書いてある住所が同じときたらそれは触れずにはいられないだろう。

「口止めしてもらいましょうか、従業員とはいえ個人情報の取扱いは慎重にされると思います」

「しやね…守谷フロア長に知られたら普通に雑談の中に放って来そうやけど……まぁ覚悟はしとこ」

 それぞれ貴重品袋から出した印鑑をぐりぐりと押して、唯が書類をクリアファイルに収めれば、葉山は意外にも泰然としてその様子を眺めていた。

「ふふっ」

「…なに?」

作業が済めばすぐにでも飛びつくかと思っていたが拍子抜けし、穏やかな瞳で自身を見つめるその顔を撫でてやる。

らされ過ぎて…賢者の気分です」

一筆一筆足す度に心身が落ち着いて、申請書ができ上がる頃には青年の猛りは嘘のようにいでいた。

「あれ、悟り開いてんね」

「ユイさん、前に話した時はなぁなぁになっちゃいましたけど…そろそろペアの物、何か欲しいです…」

おそらくだが頭を突き合わせて記入した書類から青年は婚姻届を連想したのだろうか、唯の指をふにふにと触っては愛おしそうにはにかむ。

「ペンダントとか…キーケースとかか?腕時計はちゃんとしたの着けてるやろうし…あ、パジャマはお揃やんか」

「んー、外で身に着ける物で…」

 指輪は結婚指輪に限られているしピアス類は禁止、しかし葉山は「仕事中でも恋人を感じていたい」という意味でおねだりをしているのだろう。

 唯は珍しく幼気に見えた恋人に心打たれ知恵を絞った。

「休みだけ指輪してもええけど…失くしそうやな…社員証入れるパスケース、ボールペン…は書き心地の好みあるか…、制服と無線は元々お揃やし…」

「はい、」

「しや、ボタンなんかはどやろ」

唯がパチンと指を鳴らして人差し指を立てる。

「ボタン……ですか?」

「ワイシャツのボタン、ボタンダウンのここだけ、バレへんギリギリの…あかんかな?」

社則で定められているワイシャツは白のボタンダウンシャツ、その襟を留めるボタンを取り替えてはどうかと唯は提案しスマートフォンのショッピングアプリを開いた。

 手芸用品ジャンルから裁縫材料カテゴリのボタン項目のページを開いて、検索バーに「イニシャル」と入力すれば数種類がヒットする。


「わ、ありますね…白地の、こんなのは目立たなくて大丈夫そうですね」

「ね、うちの『Y』と龍ちゃんの『R』な。半袖と長袖やから…20個ずつくらい注文する?多いかな?」

「足りると思いますよ。……1個ずつ手縫いですね、共同作業だ…ユイさんボタン付け出来ますか?」

料理が得意なのは知っているが裁縫はどうか。

 良い機会だと葉山はスマートフォンで注文画面を触る彼女を覗き込んだ。

「出来るて。副教科もしっかりやったから大丈夫や」

「なら注文お願いします……なんか嬉しいなぁ、ユイさんが乗り気になってくれて…嬉しいです、僕の城にユイさんが来てくれた……ふ、」

「え、龍ちゃん」

マイペースで腹の読めない青年の頬に伝う涙、隠しもせず泣き始めたその姿に唯はスマートフォンを置いて立ち上がり、頭を撫でようと手を伸ばす。

「龍ちゃん…?」

「ごめんなさい、嬉しいんです…あ、ごめんなさい…ほんま…あかんわ…まだこれからやのに…」

「よしよし…ん、注文確定……っと。…まだ昼間やけど…お姉さんが抱いたろ、どっちの部屋にする?龍ちゃん」

そばへ寄って頭ごとぎゅうと豊かな胸に抱き、そう囁やけば穏やかだった青年が泣きながらもピクリと勢いを取り戻した。

「ぼ、僕の…僕のベッドがいいです…あかん、情けな…」

「うん、龍ちゃん…大丈夫や、ええ子ええ子したろ、上がろね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

処理中です...