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7月・枯れかけのサキュバス
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しおりを挟む「おい、氷………何してんねん。おい、手は。勝手に上がんな、コラ」
「はい、」
と葉山が手を差し出すと、各指の第二関節が内出血で赤黒くなっていた。
「うゎ…あぁ、こんななって…」
眉をしかめた唯は用意したボウルを座卓に置き、青年の手を入れてやる。
「お前、ほんまに何やねん。利き手やろ?…あほやん」
「相変わらず口悪いなぁ…ユイさんに届きそうだったから無茶しちゃいました」
唯がちゃぷちゃぷと氷水をかけると、自分よりひと回り小さいその手を葉山は愛しそうに見つめる。
そうなれば彼女は降参したようにため息をついた。
「…龍ちゃん、店の外では普通に喋ってええよ」
「昔から敬語やから抜けへんくて…それより、久しぶりに名前呼んでくれて嬉しいです…ねぇユイさん、3年以上ぶりに話せて嬉しいです。あんな別れ方して……転勤は仕方ないけど、無視はあきませんよ。既読も付けへんし」
感情がじわじわと溢れるも、唯は手を冷やす作業をやめずにため息を鼻から吐いた。
「…お前、すぐ転勤先調べて店に乗り込んで来たやん。ただの客やから追い払えもせんし」
「ユイさんの顔見たくて…でも大学も忙しくてなかなか来れなくて。来てもシフト分かんないから居るとも限らないし、電話で事前に聞いたら嘘言われたし。たまに見て、ちょっとストーキングして、彼氏がいない事確認したりして」
「おい、なんやそれ」
ちなみにだが、最初に唯の身元や職場が割れたのも、葉山のストーキングによるものである。
「すげぇ…辛かったですよ」
「楽しそうやんか…この1年くらいは見んかったから、遂に諦めたと思てたよ」
「いろいろ準備してて。就職が決まってから、家電の勉強もしたし…ユイさんに褒めて貰いたかったから」
「ほー、偉いやん。にしても、新卒は地元配属が普通やのに、よおコッチに来れたな」
余談だが唯は以前から、大きな図体をして寂しがる青年の姿が犬のようだと思っていた。
「……僕、皇路市出身ですよ、今実家暮らしで。高校から附属で京都の寮……前に言いましたよね?」
「あー、そうなん?」
がばと頭を上げて愕然とする葉山と対照的に、あっけらかんと唯は返す。
「ひど…ほんま、その程度の扱いやったんですね」
「忘れてたわ。こっち来て忙しかったし、なんか昔の事は色々リセットするんが恒例行事というか」
「僕はそんな物みたいに扱える存在でした?2年も付き合うたのに。…別れるにしても、こういう、きちんとした話し合いを持って欲しかったですよ」
葉山は奥歯をギリギリと噛み締めて、唯へ言葉だけ詰め寄った。
「いや、そもそも…割り切ったセフレやったやん。1人に固執しても意味ないのに、お前がどーしても言うから付き合うてただけやん」
切々と心情を訴えた葉山を、身もふたもない言葉で切り捨てる。
わざとではない、本音だから始末が悪い。
「うわ…うわ…」
この間もずっと手元から目を離さずにいた唯はやっと顔を上げて、青年の胸の辺りに視線を留めた。
「………若気の至りや。ただのビッチやから。すまん、性の価値観がちゃうかった。…今は落ち着いた。多少慎み持ってるしなんなら過去を恥ずかしいとも思てるわ。これでちゃんと終われたか?折角の馴染みやから、まぁ普通に話したりする分には構わんよ、仕事をちゃんとしてもらえればな……もうええやろ、タオル持ってくるわ」
青年は黙って聞き、返事はしなかった。
「曲がるか?」
「んー、はい」
「いたい?」
唯は洗面所から持ってきたタオルで手を拭いてやり、関節の具合を見る。
「少し、でも折れてはなさそうです」
「酷かったら、明日病院行きや、お前も休みやろ、な?」
「ふふっ、はい」
タオルごと手を包んでもらい、その感触に葉山はまた愛おしそうな表情を見せた。
「なに笑ろてんねん、済んだから帰れ」
「もう少し、居らせてください。眠くて」
「寝たら帰れへんやん。おいて、コラ」
ベランダに繋がる掃き出し窓のカーテンを少し開き、葉山は下の駐車場をチラと見遣る。
「ここ…会社の人居ます?」
「転勤組?うちの店の人とか、近隣店舗の人も居るよ」
「したら、僕がここに出入りしてると関係がバレちゃいますね」
青年はにっこりと、無邪気とは違う腹黒い大人の笑みを浮かべた。
「せやで、やから帰れ言うてんねん」
「キス、してくれたら帰ります」
「嘘やん。絶対帰らへん」
「なら、僕からしてもいいですか?」
なんだそれは大したことはない、
「……それで気が済むならええよ?帰れよ?」
と唯があっさり承諾すると、
「ぜひに」
と床に左手をつき、葉山の体と顔が迫ってきた。
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