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おまけ・11月

葉山家の人々・前編

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 とある秋の日。

「はい、では…こちら、お客様情報をお願いします、」

ゆいは先程までシアターラックの対応をしていた客をカウンターへ案内し、配送用の伝票とボールペンを差し出した。

『商品決まりました、成約入ります』

そして無線を上長へ飛ばし、応答も待たずに会計作業へ入る。


「書けました、はい」

「ありがとうございます、市内ですね、配送のご希望日はございますか?」

手書きのお客様情報から配送先を知り、最短のお届け日をカレンダーで提示しながら手元の端末で在庫状況を確認する。

「急がへんから、そちらの都合の良い日にしてぇな、」

「そうですかぁ、したら…土日はお家に居ってですか?受け取りに立ち会ってもらうので、最短のお休みの日にしましょうかぁ」

もう唯はガチガチの標準語は使わない。

 相手に合わせて適度に崩し、訛り、親しみと安心感を振りまくような接客に努めている。

 それは恋人からの助言でもあり、上司からの指示でもあった。

「ほんなら、次の土曜日にしてもらおかな、」

「はい、じゃあそうしますね、ではお会計…」

唯は今更だが手書き伝票のお客様氏名を読んで、はたと動きが止まる。


 指名でもなくたまたま接客に付いただけだったのだが、その客はどこか既視感があり懐かしいような、妙に落ち着くような雰囲気で、しかも大口の買い物をしてくれて模範的な良い消費者であった。

葉山はやま…さま…」

「はい、葉山ですが…どうかした?」

 カウンターに掛ける50代もつれのナイスミドルの名は『葉山俊司しゅんじ』。

 偶然か、苗字なんてものは地域によって世帯数に偏りがあるものだ。

 唯が頭に浮かんでいるのはもちろん「貴方、親類がうちに勤めてませんか?」という事なのだが、そう違和感無く思えるほどにその男性は彼女の恋人・葉山りゅうの面影が濃い。

「あ、いえ…知り合いに同じ苗字の者がいてるので…この辺りは多い苗字なんですかね…ふふ」

「そうかもしらんね、ふふふ」

 もし葉山の親族なら奴を指名して買いに来るだろうし、その事を仄かすような発言があるだろう。

 きっとたまたま同じ苗字で顔が似てるだけ、唯はそう納得して会計を進めた。


「はい、では…次の土曜日に。前日の夜に、予定時刻の連絡が配送スタッフから入りますので聞いておいて下さい。あとこちら、入り口横のカフェコーナーでコーヒー貰えるので良かったら使うたって下さい…では、ありがとうございましたぁ」

「うん、ありがとうね、」

ナイスミドルはレシート台紙とコーヒーチケットを鞄へ片付けてわざわざ右手を出して唯に握手を求め、応じたその手に左手も添えてにぎにぎと数秒揉みしだいた。

「………?」

「ほなね、ユイさん、おおきに!」


 男性はにこやかに手を振って通路へと消えて行き、カウンターに残された唯にはふと「下の名を名乗っただろうか?」と疑問が浮かぶ。

 胸のネームプレートには平仮名で「かさぎ」とだけしか書いていないのだ。

 検討だったり見積もりだったりだと名刺を渡して再来店に望みを繋げたりするのだが、今回はすんなり決まり過ぎてお渡ししてなかった。

「…なんでやろ…あ、そうか…」

 あまり目立たないがレシートの頭に印字された「販売担当者:笠置かさぎ唯」、目を通したようには見えなかったが、これを読んだから男性は名前が分かったのだろう。

 唯はそう自分を納得させてカウンターを出た。





 その後すぐ、唯はオーディオコーナーでご婦人に呼び止められてディスクの接客に入る。

「この辺りならどれでも使えますけど、ドラマだったら画質優先ですかね?数入れるんならこの辺り…あ、の…」

女性にしては長身のその女性客は唯をまじまじと屈み込んで見つめ、これまた見覚えのある雰囲気の顔で笑った。

「あぁ、ごめんなさい、これにするわぁ。ねぇ、貴女、独身よね、恋人はいる?うちの息子と会ってみない?」

「え、あぁ…すみません、先約があるんです、」

これは割と遭遇する話題で、冗談にしてもえらく不躾だったが唯はそつなく返し、濁しながらも正直に恋人の存在を匂わせる。

「そうでしょうね、そうよね、ふふっ…ありがとうね、お嬢さん、」

ご婦人は悟ったように微笑んで、キリッとキメ顔で唯を見遣ってから背中を向けて歩き出した。

「あ、そこまっすぐ行って左手に持ち帰りレジがありますので!……ありがとうございますー……」

皆まで言い終わる前にご婦人は商品を持って通路を進み、何故か途中で曲がって唯の視界から消えた。

「なんやろ…知り合い…?誰かに似てる……まさかなぁ…」
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