5 / 100
7月・枯れかけのサキュバス
5
しおりを挟む喫煙所の一件より2日前。
葉山の新人期間が終わり、まだ教育係ではあるがシフトは分かれ拘束も少なくなり、唯は伸び伸びと仕事をしていた。
今日も早番で出勤してから残業1時間で退勤、明日は休みだしご飯を買って夜更かしして撮り溜めた映画でも…などと考えながら髪を下ろし、事務所を出る。
「あれミツキ、まだ居ったの、珍しい」
階段ですれ違ったのは、せかせか上がってくる白物の同僚・刈田美月だ。
「そうなの。お得意様が来られててね、エアコン在庫探してくる」
「ほうか、倉庫、蒸し風呂やから気ぃつけてな」
「んー♡」
「ほな、」
いつも契約上の19時定時を守る美月が1時間オーバーでまだ働いている、これが繁忙期、本格的な夏の始まりを感じさせる。
機嫌は良さそうだから、きっと大きな売り上げが上がるのだろう。
裏口を出てみると社員駐車場にはまだ多くの車が残っていて、歩いて5メートル手前からスマートキーで開錠した瞬間、
「お帰りなさーい」
と、唯の車の陰から早番定時上がりの葉山がニョキッと現れた。
「うわぁ…、まだ居ったんか」
「明日休みなんで、待ち伏せちゃいました」
「はぁ。…は?」
「ユイさんのお家、連れて行って下さい」
接客でも指導でもない、まともに話をするのは約3年半振りだというのに、さらっと会話するばかりか葉山は馴れ馴れしく下の名前で呼ぶ。
「嫌や、帰れ」
「あ…じゃあ、食事はどうですか」
「ア?」
「仕事で分からないことがありまして、ご指導いただきたいんですが」
「えー…」
それを言われると、教育係の唯は邪険にできない。
「…どんなこと?」
「ここでは落ち着かないので、食事でも」
コイツは意地でも動かなそう、唯は早めに諦めた。
「…分かった、どこにする?県道沿いのファミレスでええな?」
「はい!」
「ほな現地で………………ん?」
良い返事をしたものの葉山がなかなか動こうとしないので唯は不思議がる。
もたもたして、他の人に見られたくないのだ。
「…お前、車は?」
「調子悪くてバスで来たんです。乗せてって下さい」
「…え、帰りはどうする気や?」
「んー、どうしましょう?地道に歩くか、…ユイさんのお家に泊めてくれますか?」
唯のこめかみに青筋が走るもまだ会社の敷地内、ギリギリ正気を保っていられる。
「……バス停まで送ったるわ…」
「はーい、あ、その前に、財布忘れたんで一回家に取りに帰って良いですか?県道からすぐ入れます」
「…乗りいな。もうそのまま自分家で食うたら?」
「折角ですから、ご一緒したいんです。あ、うちで食べますか?」
「男の部屋に上がれるか!行くで」
しぶしぶ葉山を車に乗せて愛車をゆっくり発進させると、葉山は先ほどの彼女の言葉に何か思うところがあるのか、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「…可愛い車ですね」
「そらおおきに、お前には小さいやろな。どこら辺?目印は?」
「県道をファミレスの方角へ」
「ふーん、」
偶然にもこれから向かうファミレスの方向、ならば送迎してやってもいいかと、仏心を出したのがまずかった。
「その自転車屋を右で」
「うん?」
「この信号を左に」
「………」
「あの、白いセダンが停まってる所です」
「おい、」
車は明らかに見覚えのあるアパートに着く。
「はい?ここの、5番の駐車場です」
「おい、うちやんけ!なんで知ってんねん、駐車場番号まで!」
「尾けたんです」
「こンの…」
後続車も居たため唯は仕方なく敷地へ入り、所定の位置に駐車した。
もちろん5番である。
「どういうつもりや、もう知らん。タクシーでも捕まえて帰れ。ほなな」
唯はベルトを外し葉山を残して車から降り、走って部屋へ向かう。
「ハァ、…クソッ…」
車は部屋からスマートキーでロックすれば良い。
どうせ部屋番号も割れているのだろう、隠すものでもない。
とにかく急いで離れたい。
「ッは…」
ここは会社が用意してくれた社宅代わりのアパートで、一般の住民はもちろん、隣の棟には他の転勤組も数名住んでいる。
階段を上がって2階の角部屋、急いで開錠し部屋に入って重い金属の玄関扉を閉め終わるその時、白い手が隙間に伸びてくるのがスローモーションで見えた。
次の瞬間、金属と肉と骨が擦れる鈍い音と共に、
「イっ…でぇっ…!!」
と葉山の苦悶の声が暗い廊下に響いた。
「!おい、何してんねん!」
唯は慌てて扉を開いて葉山の手を怖々掴む。
「あほ、手、手ぇ…指、折れたんちゃうか?あ、病院…」
「つー…冷やせば大丈夫ですよ、氷、ありますか?」
「あ……わかった…」
青ざめた唯は明かりをつけ台所の水切りかごからボウルを取り冷蔵庫の氷と水を入れるも、葉山はその間にしれっとリビングまで進む。
それどころかエアコンをつけて上着を脱ぎ座卓で寛ぎ始めていた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる