枯れかけのサキュバス

7月・枯れかけのサキュバス

3

「あ」

　売り場に戻る途中のバックヤードで、唯は件くだんの葉山とばったり会う。

　早番の彼は、今日はもう定時退社する時間だった。

「…先上がりますね、さっきの修理の件、すみませんでした」

「んー…今度、修理担当と話してみよか。勉強しときや、ネットでも情報落ちてるしな、おつかれ」

唯は少し言葉を崩し表情も和らぐが、すぐに葉山を置き去りにして売り場方向へ進んでいく。


「（あ、）」

　その時、消沈気味に呼吸をした葉山が目の色を変え走って引き返し、

「コーナー長⁉︎」

と素早く彼女に迫ってその口元に鼻を近づけた。

「……コーナー長、タバコ臭い…まさか吸うたんですか？」

「チィッ…」

至近距離でくんくんと匂われた唯は顔をしかめて舌打ちをする。


　この上司に対して不躾で馴れ馴れしい青年、葉山龍りゅうは新卒の22歳、この春入社した黒物の新人である。

　指導教育係・唯の下、３ヶ月間の新人期間を経てばりばりと売りまくっている期待のホープだ。

　一重ひとえでくっきりとした目元が印象的な塩顔イケメン、おまけに長身なので立たせておくだけで客引きできそうだと上司からも可愛がられている。


「煙浴びただけや。吸うてへん…近寄んな」

　心底ウザイという顔をしながら、部下に対してキツすぎる口調で唯は応えるも、意に介さない葉山は覗き込むようにして、…素早く口付けた。

　彼らの身長差は唯のヒールを含めても21センチ、葉山は腰を屈め両頬を手で固定して、舌で歯をなぞった。

「！お、んむ……ぁ…む……ゃめんか、コラ！」

　唯は叫んですぐ周囲を警戒するも、長い廊下には幸い誰も居なかった。

「良かった、吸うてへん。ユイさん、疑ってすみません」

彼は口内の味をみて、喫煙したかどうか調べたのである。

「あ、阿呆あほなんか、お前は。勤務中やぞ。あとコーナー長や」

「すみません、僕は退勤たいきん済みなんで。笠置コーナー長、禁煙は約束ですよ……今日から生理でしょう？痛いんじゃないですか？暖かくしてて下さいね」

葉山は整った顔で、ニヤリと嫌な笑い方をする。


・


　唯と葉山、二人の関係を語る上で避けられないのが彼女の過去なのだが…仕事中の雰囲気からは想像できないが、かつて唯はいわゆる肉食女子・ビッチであった。

　特定の彼氏を作らず一夜限りの関係しか持たない、致すのは必ずホテルで、偽名を名乗り家には上がらせない。

　初体験ですら「知らないから体験してみたい」という好奇心からで、相手と交際はしなかった。


　性の価値観・捉え方が周りと違うことは認識しているし、褒められる事ではない事も理解している。

　だから相手を見つけるのは大体個人で行くコンパか逆ナンで、こっそり準備をするのだ。


　ただ、性行為が特別好きかと言われればそうでもなく、体が疼いた数ヶ月おきにワンナイトを楽しむのみだった。

　そして今自身の満足ゲージは思いの外小さく、それがいっぱいになると後は相手の射精を待つだけ。

　セックスでオーガズムなど達したことがない。

　自身のバイオリズムによる発情期に盛さかり、季節毎に１人ずつ経験人数を増やしていった。

　逆に発情期以外は長い賢者タイムみたいなもので、誘われてもついて行かないし、なんなら家から出ないような淡白ぶりである。

　十代後半からこんな性生活を送っており、タバコもその頃に覚えた。

　葉山と出会うまでの３年弱で経験人数は両手指の数をゆうに越え、盛った翌日には彼らの顔も名前も覚えていないのだった。