お嬢の番犬 ブルー

3

「…ていうか、誰が詰めてん？水着はうちの部屋にあったやろ？」

彼女はすぐに取り繕って、ミラーを介して和久わくを睨む。

「ミユキさんよ、んな怖い顔せんとって…俺らは触ってへんよ」

　そう言って助手席の垣内かいちが振り返れば雅みやびはサッと俯いて、

「あっそう…ならええわ、」

と三つ編みの毛先を指先で遊ばせながら口を尖らせた。

　ミユキさんは雅の身の回りの世話をする使用人で和久の妻、つい最近から彼女専属になってもらったばかりの女性である。


「最近お嬢遅いからや、準備して貰うたんよ。安心してぇな…てかもし俺が触ったから言うて減るもんじゃなし…」

　いつもは雅本人が帰宅してから支度していたのだが、ここ数日彼女は校舎から出てくるのがいやに遅い。

　なので念のために準備をしてもらって来たのだ。

「嫌やんか…触ってたら変態やからな」

「ヘンタイて、オンナなりたてのガキンチョのスク水に誰が欲情するかいな、最近の小学生はマセてんなぁ……てか今日は泳げんのか？」

「…最低。…家族でもそういうん気持ち悪い。……お祖父様に言いつけたるから」

「エ」

祖父の名が出た途端、これはふざけ過ぎた、と垣内は顔色を変える。


「ちょい、ちょい、お嬢…子供の喧嘩にジジイが出張ってくるんは大人気ないわ…親父さんは勘弁よ、ほれ、和久も謝れ！」

　「親父さん」こと彼女の祖父は神石じんせき家の当主で家業の創業者で会長、いわゆるボスなのだ。

　言いつけられるのは困る、と垣内が雅を宥なだめにかかるも、和久は我関せずと真顔で運転に専念し始める。

　一部山を拓いて建てたこの学園、麓までの長い坂の途中で稀にだが野生の狸たぬきや猪が飛び出してくる事があるのだ。


「あんた子供ちゃうやん、大人気ないって、うち大人とちゃうし、」

「こないだ大人なったやん、」

「きー！」

「悪かったて、な、せや、ドーナツ！商店街に新しい店できとんねん。なんや、色々乗った。お嬢、明日歯医者やろ、スイミングも間に合うしや、先に甘いもん買うたろ、機嫌直しや、」

「！」

　学園の丘の麓には幹線道路が東西に走り、それを越えた所に小さいながら地元民御用達のアーケード商店街が展開されている。

　その中に、最近クロワッサンドーナツの専門店ができたらしいのだ。


　垣内が甘味で怒れる小学生の懐柔を図れば、

「……………食べる、けど…」

と幼い少女はその提案に渋りながらもやはり年相応の表情をして、怒りを収める。