猫だって……恋、するよ。

茜琉ぴーたん

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「はっ…待て、さいふっ…」

「玲二くん、来て!」

「おい、お前っ…待てよ、未成年じゃねぇだろうなっ」


 彼女は道路を渡り切って、ホテルのフロントがあるだろう1階の自動ドアへと向かって行く。

 ナンパでもなく強盗だったのか。

 いやだとしたらカシャと俺の情報を知り過ぎている。

 ゼェハァと短いスパンで二度の息切れは、俺の正常な思考回路を破壊するに充分な働きをした。


「待てって、おい、」

「508にしよ、エレベーターここ?」

フロントの部屋パネルの前で番号を選択した彼女は、「チン」と古風な到着音で開いた箱の中へ自ら飛び込む。


 別に引き返したって良かった、そのまま警察を呼んでも良かったんだ。

 けれどドタバタとエレベーターに乗り込んだ俺は、

「この野郎」

と隅に追い込んで彼女を腕で囲った。


「わっ…」

「よくも、走らせ、やがって、」

「れいじく」

「この悪党が…財布返せよっ……あ、こンの、」


 ゼェハァ肩を上下させる俺の脇腹を彼女は華麗にすり抜けて、5階へ到着すればすぐに開いたドアから廊下へと飛び出る。

「待て、こらっ…」

「玲二くん、こっち、」

 跳ねるように彼女は廊下を進み、通り過ぎようとした508号室へ引き返して扉を開けた。


「ま、て、」

 長距離走のゴールさながらに部屋に駆け込んだ俺は、廊下のそれよりも丈の長い絨毯じゅうたんの毛に靴先を取られて膝から崩れ落ちた。

「ハァ…ハァ…てめぇ……ハァ…」

「大丈夫?」


 大丈夫な訳あるか、しかし近寄った彼女の腕を掴んだもののそこから起き上がれも引き倒すことも出来ない。

 手を離しぱたっと床に落として、とにかく息が整うのを待った。


「ハァっ…いい加減に、しろよっ…ぜぇ…通報、すんぞ…」

「あ…ごめん、なさい…」

ぺたんと座り込みふるふる震える姿は猫というより鼻をひくつかせるウサギみたいだ。

 両手を前で合わせて今さら怖気付く。

 俺は普段からこんな荒々しく女性に接したりしない。

 これは本性でもなくて疲れと財布をすられた苛立ちによるものだ。

 素性を知られているし穏便に話し合いをと思ったがホテルはまずい。

 何もするつもりは無いし誘ったのは彼女だが、兎角とかく男は分が悪い。
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