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しおりを挟む痺れた手でペットボトルを握った彼女はくたっと萎れ、
「あたしの顔、憶えてない?」
と崩れた前髪を本来の位置に戻す。
「……いや、分からん」
「…そっか…だよね…騙せたくらいだもんね」
「騙されたフリしてやったんだよ…なんだ、うちの客か?」
「半分、正解…」
ため息を大きく吐いた彼女は水の蓋を開け、そしてぐびぐび一気に飲み干して素なのか猫の手で口元を拭う。
「あたし…ね、そこのペットショップで働いてるの。お父さんが店長でね」
「そこって、うちの店の隣の?」
「そう…見覚えないかな、何度もレジ打ってるんだけど」
「知らんわ…」
そことは俺が帰りに立ち寄っていた職場の隣のペットショップのことだ。
月一利用で店員の顔を覚えろと言われても無意識では無理だ。
特に俺はカシャの餌やオモチャを買う時は照れ臭くてなるべく目線を切って会計してもらっていたのだ。
思い返してもレジの店員の性別さえ記憶に無い。
「いつも恥ずかしそうに猫のごはん抱えてさ、たまに高級缶詰とかチューブおやつとか持って。会員証で名前は知ったの」
「…カシャの名前は?あと…首輪、うちの手作りキャットウォークとか…何で知ってた?」
「元々カシャちゃんはね、玲二くんのご両親がうちから買って行った猫ちゃんなんだよ、知らなかった?」
「知らん…」
近所の店から購入したとは聞いていたが、わざわざそれがどこかなんて興味は持たなかった。
カシャが家に来た日俺は高校の新入生合宿に出ていて留守だったし、俺に「飼っていいか」なんて事前の許可取りも無かったし。
疲れて帰って来たらリビングに我が物顔で鎮座するカシャが居て、撫でようとしたらいきなり引っ掻かれた。
それがカシャと俺のファーストコンタクトだ。
俺が後から合流したからカシャは自分の方が先住だと思い込んだのだろう。
おかげで俺は猫よりも下の地位に甘んじることになったのだった。
「お父さんが『子育てもほぼ済んだし』ってよくよく考えて吟味してね、何度も通って事前講習もきっちりご夫婦で受けて下さって。だから面識はあったの…あたしも小さい時から店をウロチョロしてて…受け渡してからのおトイレ講習に来てくれたときにカシャちゃんの名前も聞いてたの」
「はぁ……首輪は?それ新しいけど同じ型だろ」
「本当に何も聞いてないんだね」
そりゃ出来れば思い出として残しておきたかったさ、でも親父やお袋が納得して他所に引き渡したんなら俺は文句を言えない。
ゴミに出したとは言わなかったから、どこかで供養してもらったものだと思っていた。
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