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2016…評判の饅頭

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 翌日、土曜日。

 親父が買い過ぎて押し付けて来た饅頭をお裾分けしようと会社の事務所の休憩スペースに持って行くと、既に同じものがふた箱並んでいた。

「……おや」

「あ、津久井フロア長も行ったんですか?マルカメ堂本舗」

「あ、うん」

 声を掛けて来たのはレジの女性スタッフ・いずみさんだ。

 彼女もどうやら店を訪れたらしく違う種類の菓子の箱を続きに並べる。

「新人さんが可愛い人で、レジ対応をあたふたしてて仕事柄気になっちゃって。しばらくしてまた訪ねたらしっかり対応できるようになってて…辞めちゃうって聞いて、つい買い過ぎちゃいましてお裾分け、」

「そうか…ありがとう」

 俺ひとりに貢いだ訳でもないのに礼を言ったのはおかしかったか。

 泉さんは一瞬キョトンとして「…あ、」と俺の胸のネームプレートに目線を落とす。

 さすがやり手社員は目敏めざといな、無意識に刻んだ記憶の中の美晴の名札と俺のそれが繋がったのだろう。

 きっと彼女が美晴を店頭で褒めてくれた客なのだ。

「泉さん、うちのを褒めてくれてありがとう。良いモチベーションになったみたいよ」

と笑えば珍しかったのか笑顔を返してくれた。

「そっか……あ、奥さま、次のお仕事はもうお決まりですか?」

「いいや、まだよ」

「それならうちのカフェコーナーとかにいかがですか?求人出してますよ」

「んー、コーヒーとか難しくない?うちの、加減とか分からないしゆっくりなのよ」

「コーヒーは機械式でオールマニュアルですからスイッチひとつで簡単かと。業者がメンテに来ますし…あとフードも冷凍なのでレンジです」

「あ、そりゃ良いね、うちのはレンジとマニュアルには強いんだ」


 案外近い所に良い職場があったものだ。

 店の中にあるカフェコーナーは程々の客入りでそこまで忙しくはない。

 1階のエントランスまで降りれば自動販売機はあるし、わざわざ倍以上の値段で電気屋のコーヒーを注文する客はそこまでいないのだ。

 もちろん業務用リース機器で豆もそれなりの本格仕様、流行りのフラッペとかホイップ盛り盛りみたいなメニューは無いのでチャラついた若者や出逢い目的などの俺が危惧する『悪い虫』はそう来ない気がする。


「分量を覚えればなんとかなるかな……ちょっと聞いてみるわ」

「はい、うちの管轄なのでよろしければお待ちしてます……津久井フロア長、結構過保護なんですね」

「んー…泉さんも見た通り、性分に合わないとごちゃごちゃっとなっちゃうんだよね、なにぶん天然で」

「慣れたバイトさんもいますから、あとは本人のやる気と愛嬌で」

「それなら大丈夫かな……ふふ、良い大人がみっともないだろ、可哀想な目に遭ってほしくないんだよ」

「フロア長、愛妻家は良いことですよ」

「そうね……頑張り屋で可愛いのよ、うちの嫁さん」

 饅頭をひとつ手に取りヘラッと情けなく眉尻を下げれば、泉さんは「ご馳走様です」と笑い売り場へと降りて行った。



 ちなみに、その後別のマルカメ堂ユーザーに聞いたところ、美晴が退店したあの日の午後から客足はぱったり途絶えてしまったらしい。

 美晴の存在を知らずに普通に買い物に来た客は他のスタッフのいら立った仏頂面にえらく冷めてしまい、「なんだか接客レベルが落ちたわねぇ」と奥さまネットワークで広まっているそうだ。

 まぁコンスタントに売れる饅頭だから店が潰れるなんてことはあるまい。

 ただ美晴が居たひと月の売上額を前月比・前年比としてこれからしばらく追わねばならないのだから店長は頭が痛いだろう。

 現実的な復讐はこんなもんだ、これからは清く正しく新人を育てていってほしいものだ。
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