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2016…評判の饅頭

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 美晴が働き始めてひと月。

 長男の入学やら何やらで忙しいのを差し引いても明らかに家事の手落ちが多くなった。

 ゴミを捨て忘れる、子供の水筒を準備し忘れる。

 俺も協力はしているが炊飯器がセットされていないのは気付いた時にはもう遅かった。

 という訳で今朝はご飯無し、幸い買い過ぎた食パンを以前冷凍していたのでそれを子供に用意して学校とこども園に送り出す。


 夫婦揃って今日は休みだし喫茶店でモーニングでも食べに出よう、そう誘えば美晴は嬉しいのと申し訳ないのとで複雑な面持ちだった。

「…何かあった?」

「……」

「隠さなくても良い。仕事のことだろ」

「あ、うん…」

 近所の喫茶店でモーニングセットを頼んで温かいおしぼりで顔を拭く。

 敢えて眼鏡を外したまま目を合わせずにいれば美晴はもじもじと話を始める。


「職場のね、リーダーが何人かいるんだけど、製造の工場こうば長、店舗の店長、あとパート長。工場長と店長は男の人ね、パート長は50代くらいの女の人」

「うん」

「工場長と店長がね、昔から仲が悪いらしいの。それで私が面接に行った時、店長は売り子の方で採りたかったらしいのね、でも私が製造の方で!って主張したのが気に入らなかったみたい」

 まぁ美晴の美貌なら接客の方が自然だろう。

 でも本人が希望するんだからそれは聞き入れられたらしい。


「ふむ」

「それでね、工場の方に店長がちょくちょく来てね…製造じゃなくて、売り場に来なよって口説くの」

「けしからんね」

「あの、変な感じじゃないんだよ、男女の感じの口説くじゃないの、」

もしそうならすぐにでも辞めさせて恫喝どうかつもんだけどね、美晴は俺の眉ひとつ動くごとにあわあわと身の潔白を主張する。


 そいつの気持ちは分からんでもない。

 何度も言うが美晴は綺麗で可愛いから店頭に立たなきゃもったいない気持ちは良く分かるんだ。

 俺は美晴が俺以外の男になびくとも思ってないし、俺以外では美晴を相手できないだろうとタカをくくっているからその点は心配無し。

 しかし慌てふためく顔を見たいので早めに眼鏡を掛け直した。

「分かってるよ…そんで?」

「うん…店長が『こっちはババアばっかりでつまらないだろ、表に立って客引きしたらどうだ』って言って…そしたら周りのパートさんたちもなんか…恐い感じに…なってきてて」

「そりゃババア扱いされた人らは面白くないわな」

「うん…私は製造が良いって断ってるんだけど、工場長も仲良くない店長が入り浸るからだんだんイライラしてきて、『津久井さん向こう行ったら?工場が静かになるし』って…追い出されそうで…」

 板挟みというか美晴が挟まれなければ平和になるのだ。

 周りからすれば美晴が売り子に転身することで丸く収まるならそうして欲しいと思っていることだろう。
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