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2010…母親学級バトル

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 さて週が変わって母親学級当日。

 妊婦健診を終えた美晴とかーくんと共に2階の指導室なる部屋へと上がる。

 今日集まるのは出産予定日の近いママさんたちと付き添い人だけ、初産でなければ強制もされないらしいが入院設備の説明等もあるので参加した方が後々の心配も少ないようだ。


「こんにちはー。浩史くん、ここに座ろ」

「うん…俺たちは席は無くて良いよな?かーくん、ここで遊んでようか」

 室内にはホワイトボードを頂点にコの字に並べられた長机が3台、それぞれパイプ椅子が2脚ずつ置かれていた。

 後方の角にふかふかのマットが敷かれたキッズコーナーが設置されていたので、そこにかーくんを誘導して靴を脱がせる。

 12畳ほどあるこの部屋はこうした会合や研修などに使われているそうだ。


「(前に来た時と変わってねぇな…助産師さんも見た顔……お、あれか)」

かーくんを膝に乗せて置いてあったギミック絵本を開いていると、入り口からいかにも「成金です」みたいな妊婦が歩いて来る。

 濃いめの化粧にしっかり巻いた髪をアップにして、ロングのマタニティワンピースの裾をなびかせてわざわざ美晴の隣の席へと鞄を置いた。


「久しぶりね、貴女相変わらず地味な格好ねー」

「こんにちは」

出会い頭のジャブに美晴は挨拶だけ返し、配られた冊子にまた目線を戻す。

「ねぇ、今日もすっぴんなの?そんなに素顔に自信があるの?」

「健診があったから薄化粧なんですよ」

「でもせめて髪くらいきちんとしたらぁ?サロンとか行かせて貰えないのかしら、旦那さんの裁量が疑われるわよぉ?」

「エコーで横になったら髪が崩れちゃうので。シャンプーでなんとかなってるので大丈夫です」

 美晴にしては素っ気なくて毅然とした対応だ。

 これははっきり相手から悪意を感じ取ったから出来ることだ。

 感じないままだとふわふわ相手のペースに呑まれて情報だけ引き出されてマウント材料にされるのだ。

 今日の美晴は自分から闘う意志を示せている。

 相手さんもそんなことを感じ取ったのだろう、「つまらない」とばかりに資料を開いてペラペラめくり始めた。


「んま」

「…ママのとこに行くか?」

かーくんが早くも絵本に飽きて美晴の方へ向かおうとする。

 靴はまぁ良いかと先に歩かせて俺も腰を上げる。

「あら、かーくん。遊び飽きちゃった?もう少しで始まるから良い子にしてようね」

「すまん、出てジュースでも買おうか」

「持って来てるよ、マグ」

「ありがと」


 俺たちのやり取りを例のママさんはチラッと見て、

「……旦那さん?はじめまして…湯本ゆもとです」

とおずおず話し掛けて来た。

「どうも、津久井です」

「……」

 あからさまな批判は出てこない。

 どうやら配偶者にまでマウントをとるほど強者ではないようだ。

 しかし軽く鼻で笑われたような気がせんでもない。

 可もなく不可もなくといったところか。


「ねぇ、素朴で飾り気のない旦那さまね」

「そうなんです、私にはもったいない旦那さまなんです♡」

「……」

 おい美晴、褒められてないしだとしてもそこは謙遜するとこだぞ…呆気に取られる湯本さんの口の端がヒクと引きつる。

 看護師さんが「旦那さんもどうぞ」と美晴の隣にパイプ椅子を用意してくれたのでそこに座る。

 膝の上のかーくんは持参したマグのりんごジュースを美味そうに吸っていた。

 まだ会が始まりそうにない、静かな室内でかーくんの声とあやす俺たちの声だけが目立つ。


 予定ではもっと美晴を虐めるつもりだったのか、湯本さんは見た目に分かるくらいにイライラを滲ませて長机をコツコツと指で叩き始めた。

 これはかーくんが真似してしまうな、少し椅子ごと後ろに下がってゆらゆら揺れれば、まったり気分の彼のまぶたはとろんと降りてくる。

 寝てくれた方が楽で良いか、そのまま揺らしていると思惑通りかーくんは寝息を立て始め、同時に助産師さんが入室し会が始まった。

 今回はうちと湯本さんの2組だけみたいだ。

 まぁ平日だし予定日でくくっているからこんなものか。
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