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2006…家無し少女
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しおりを挟む時刻は21時を回ったところ、この近辺で一番大きい警察署に行くとしても俺の足は原付だから2人乗りは無理だ。
タクシーで送れば良いが未成年者だし彼氏も繋がらないし、実家に身元引き受けで連絡を取られるのだろうか。
バレたくないと言うのだからひとりで行かせても途中で諦めてしまうかもしれない。
ならばと不審者面の俺が同伴しても、「良いことをしたね」と無事に離してもらえるだろうか。
あらぬ疑いをかけられて明日の朝まで取り調べで拘束されたりは勘弁だ。
人助けに半端に手を出すものではないなとちょっぴり反省する。
「んー……港さん、その…仕事はしてんの?」
「はい…あの、ピンク街のキャバクラで」
ピンク街というのはこの甕倉市郊外の盛り場のことだ。
ホストクラブやガールズバー、パブだとかいわゆる風俗なんかが固まっている一角のことだ。
なるほどキャバ嬢ならばこれだけ明るい髪色なのもキツい化粧をしていたことも納得だ。
果たして客と話が弾むのかどうかは疑問だが美人だし持ち物もブランド品ぽいし稼げてはいるのだろう。
「ほー…そうなの…今日は良いの?」
「良くはないんですけど、休むことは伝えてあります」
「ふーん…じゃあ…駅前のビジネスホテ…いや、私物の回収もしなきゃいけないのか…俺、原付だから荷物乗らんのよねぇ」
「…ごめんなさい」
うるうると湧き出た涙が張力に勝って頬を流れる。
口を横に広げて歯を食いしばるその顔は店内でたまに遭遇する迷子の子供みたいで胸が痛んだ。
「な、泣くなよ…どうすっかな…お袋…あ、いや、俺ん家とか嫌だろ?」
「い、良いんでずがぁ⁉︎」
「いや、お袋がちっとは頼りになるだろうから…でもその、彼氏がいるんなら」
「別れる気でいたからもう良いんです。こんな仕打ちを受けて、愛想も尽きました」
「いやいや、腹の子はどうすんのよ」
「とりあえず、独りにはなりたくないんです…お願い、津久井さん…」
はらはら大粒の涙がブランケットに落ちては鼻水まで出始める。
まぁ俺が何もする気は無いのだし親の目もあるしで万が一この子に手の平を返されても無実は証明できるかと腹を括る。
だって先に手を差し伸べたのは俺の方なのだ。
こんな縋り方をされると思わなかったのは恋愛経験の少ない俺の落ち度だし…助けてあげなければ男が立たないなんて小さなプライドみたいなものもあったし。
「じゃあ、ついて来て…いや、タクシー拾おう。俺は自分で帰るから、港さんは大通りまで出て」
「一緒に、行きたいです」
「明日の足が無くなるから俺はバイクで帰るよ。まぁ近いけどさ…身重だと分かってる子を歩かせらんないだろ」
「…分かりました…」
喫茶店を出て国道でタクシーを捕まえて、俺はドライバーに自宅住所を伝えて彼女だけ先に乗せてもらった。
そしてせかせかムラタへと戻り、すっかり消灯した駐車場で愛車に跨り同じく国道へと出る。
「(野宿って…真っ暗じゃねぇの)」
夜通し照明を点けておく施設もあろうがムラタはそうではない。
閉店時間になるとまず看板の電源を落として次に駐車場の明かりを消してしまう。
従業員駐車場は露天だが外灯が建ててあって、そこは最低限の電力だからと許されているが基本は節電のために必要最低限の部分だけを残してさっさと消灯する。
もし今日俺が休みで彼女があの駐車場で独り過ごさねばならなかったとしたら…家に着いたら、行き当たりばったりな行動もいい加減にしろと叱ってやるべきか。
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