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2019…茶色い弁当

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「おかえりぃ」

「ただいま…お、頑張ったな」

 この日の夕食はホットプレートを使ってのお好み焼き。

 子供たちと楽しんだのだろうテーブルの下にあちこちキャベツが散らばっている。

 俺の分は焼いたものを皿に取り分けてラップを掛けてあって、ソースの上にマヨネーズで何か書いてあったらしいが潰れて読めなくなっていた。

「うん、みんなで焼いたの」

「着替えるから温めといて…これは子供たちが書いたのかな?」

 さて動物の顔でも描いてあったろうか。

 ネクタイを緩めつつそう問えば美晴は

「ううん、私が『こうしくんLOVE♡』って書いてたの!」

と嬉しそうに歯を見せて笑う。

「…潰れてんじゃん」

「……あ…ごめんなさい…」

「良いよ、着替えて来る」

「はーい…」


 電子レンジの操作音が聞こえてから寝室へと着替えに入る。

 俺は潰れてしまった可愛いメッセージに内心ガッツポーズでこっそりと喜んだ。

「(可愛いかよ…お好み焼きに書かなくても分かってるわ…うちの嫁、可愛いかよ…)」

 しかしまたしょんぼりさせてしまった。

 他人に「嫁を虐めるな」と強要する割に自分自身が実は一番美晴を虐めたいのだからどうしようもない。

 鐸木にあんな反撃を仕掛けたのは単純に嫁を虐められて腹が立ったからだ。

 職場の秩序を正したいからなんて正義感からだけではなく、ましてや立場上人間関係を円滑にさせねばなんて使命感からだけでもない。


「(美晴…笑うのもしょんぼりすんのも、俺の前だけで良いのに)」

 接客業だから笑わないのは無理な話だが、おっとりのんびりな彼女の感情を動かすのは自分だけで充分だ、なんて俺は常々思っている。

 何かやらかしてもカバーしてあげ易いから同じ職場で働かせているがそれもその理由だけではない。

 自分の知らない場所で美晴が誰かの嗜虐しぎゃく心を満たすために虐められるなんてけしからん、それは俺の役目だろうと…少々歪んだ気持ちも持っていたりする。

 泣かせたい訳ではないしできれば笑っていて欲しい。

 でも美晴の困ったりあたふたしている姿を見るのもこの上ない悦びなのだ。

「…一番性格悪いのは俺なんだろうねぇ」

誰に聞こえるでもない独り言を呟いて、嫁の待つキッチンへと戻った。



「お待たせ」

「はい、待ってね、書き直すから」

「いや、そんなにマヨネーズばっか要らん」

「ソースも足すよ」

「良いって…口頭で聞いたから、もう良い」

「むー」

「…美晴、」

 ふくれっ面の美晴をおいでおいでと呼び寄せたら、

「マヨネーズは良いから、直接もう1回言って」

とまだソースの味が残る唇を奪い、ぎゅっとハグをしてから真っ赤な頬の嫁を放す。

「こ、浩史くん、ラブ♡」

「うん」

「あいしてる♡」

「うんうん…テレビつけよ」

「大好き♡」

「オーケー、もう良いよ」


 その後美晴は、俺が本気トーンで「力尽くで黙らすぞ」と頬を摘み凄むまで、しばらくは愛の言葉を投げ付けては幸せそうに微笑んでいた。
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