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2019…茶色い弁当
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しおりを挟むある日の21時過ぎ。
この家の亭主である俺・津久井浩史(41歳)が帰宅してキッチンへ入ると、妻・美晴(32歳)は子供を部屋へと上げて戻って来たところだった。
「あ、おかえりなさぁい」
「ただいま、子供たちは?寝た?」
「うん、おやすみしたところ」
「ん、腹減ったな…」
「すぐ食べる?今日はコロッケだよぉ」
ほぅそれはご馳走だな。
内心ワクワクするもしかし俺は良い顔をせず、
「自分で揚げたのか?」
ともろに眼鏡の奥の怪訝な目で嫁へ尋ねる。
食卓にはラップの掛けられた皿と汁物の椀。
水滴の付いたラップの内側にはキツネ色の美味しそうな俵型コロッケが3つも並んでいた。
「え、あの」
「無理して揚げるなと言ってるだろ、火事になったらどうすんだ」
「こ、子供たちが見てくれたから」
「子供を危険に巻き込むな…先に着替えて来るから温めておいて」
「はぁい…」
美晴はしょんぼりとしつつもラップを取ってコロッケだけオーブントースターへ移し、目盛を4分に合わせる。
椀は電子レンジへ、付け合わせのキャベツに掛けるドレッシングは3種類あるのでテーブルに置いてお茶の支度に入ったらしかった。
「怒られちゃったぁ…」
「(…落ち込んでる…)」
ぼそっと聞こえた嫁の声、やってしまったと少し悔やむ。
美晴はおっとりとした性格で、体内時計が俺や周囲よりも少しばかりゆっくり進んでいる。
天然だとかマイペースだとか称されることも多く、しかしそれが良い意味ばかりでないことは本人もこれまでの経験から理解していた。
重たそうな黒いストレートヘアーに幅の太いぱっちり二重。
美人と持て囃されることもあるが本人にとってはどうでも良いことで…ただ彼女は俺に好かれれば何だって良いのだった。
一方で俺は寝室のクローゼットを開けて上着をハンガーへ掛けて収め、仕事着をぽいぽいと脱いで家着へと着替えていた。
俺は良く言えば年相応にダンディーで渋さを纏う中年だ。
元々視力が悪く眼鏡を掛けていても目を細めて物を見る癖が付いており人相はそこまで良くはない。
太い眉をぐにと曲げて「ん?」と呟きでもすれば、部下はおろか同僚の管理職まで「何か粗相があったろうか」とビクついてしまう。
今も嫁への憤りの余韻でその眉間には縦シワが深く残っていて、しかし俺の頭には全く他のことが浮かんでいた。
「(コロッケ…やった…)」
何を隠そう俺はコロッケが大好物なのだ。
なので嫁の口からその名を聞いたときには小躍りしたいくらいには喜んでいたのだがそれが表に出ない。
あの形状はカニクリームだろうか、それともチキンか、意外と王道のじゃがいもと挽き肉だろうか。
さまざまな憶測で空きっ腹はぐうと鳴って食欲は増すばかりだ。
「(美晴には強く言い過ぎたか…危ないからしなくて良いって言ってんのに…怪我とか火傷したらどうすんだよ…)」
俺においては好物を食べられることはまぁ嬉しいことなのだが、それよりものんびり屋の嫁に危険なことをさせたくない故にあのような言い方をしてしまった。
つっけんどんで短直な物言い自体には嫁は慣れているだろう。
しかし苦手なことをわざわざしてくれたのに労いもせず頭ごなしに叱ってしまったのは良くなかった。
「挽回しよ」
俺は眼鏡を外して度の弱い家用のものに替えて、嫁の待つキッチンへと向かう。
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