僕たちが幸せを知るのに

茜琉ぴーたん

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Capitolo11…Vecchiaia

52

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「着きましたよ、先生」

「うん、ありがとー。ふぅー…ダメね、いくつになってもお酒は苦手だわ。年々下戸げこが進行してる」

「必要な時は来ないから大丈夫ですよ。接待なら僕が呑みますから…はい立って、掴まって下さい」

「うン」

 細い体に細い腕、これで等身大以上の大きな作品を作るのだから毎度僕は驚いている。 

 粘土製の原型はパーツごとに分かれているけどそれでもなかなかの重さなのだ。

 それをこの人は第一作目の時は助けも呼ばずひとりで運んだり組み立てたりしたのだと言う。

 制作途中は興奮して何もかも忘れてしまうらしく、完成したと同時に肩や腰に一気に皺寄せが来る。

 なので僕が就職してからは『職務』という名目で肩に湿布を貼る役回りをもらってそれも真面目に務めていた。

 今さら肌を見せられたってどうも思わない…こともないけれど、「襲いたい」欲求より「いたわりたい」欲求が勝ってきた。

 だから僕の先生への接し方は実の母親へのそれと変わらないくらいになっている。


「はい、着きましたよ…そういや先生、館長が打ち上げの日取り決めましょうって」

「んー、適当に決めておいて」

先生はリビングの床へバッグを投げて、ソファーへぐてっと倒れ込んだ。

 僕はそれを拾ってダイニングの椅子へ置き、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出して持ち手付きのコップへと注ぐ。

「了解です。先生、お水飲みますか?」

「んー…要らない」

「そうですか、では僕が。…………ぷは…少し寝たらどうですか?お疲れでしょう」

「そうね…50の体にはこたえるわ」

「52でしょ、しれっとサバ読んじゃって」

今ではこんな悪態も付ける間柄だ。

 コップをシンクへ下ろして水を片付けて、失礼しようと腕時計を確認した。


「…えらく上機嫌ね、自分の裸体が堂々と公開されてるってのに」

「慣れたんですよ、もう10体目だし…みんなから変な目で見られるのも慣れました」

「ごめんねぇ、陰で愛人とか言われてるでしょ」

「いえ、独身なので愛人じゃありませんし」

「ふふっ……ふー…」

 これは相当お疲れなのかな、年度替わりで理事としての仕事も詰まっていたし寄る年波には勝てないのだろう。


「……」

 アトリエを兼ねているから僕もしょっちゅうここに来るし食事のお世話もするのだが、先生はここ最近食事の量がぐっと減っている。
 
 覗いた冷蔵庫の中には2日前に「食べて下さいね」と置いて帰ったカットフルーツがそのまま残っていて、卵も牛乳もその日から減ってないように見えた。

 作品完成前や納品前のバタバタしている時期は食事もおろそかになりがちだけどこれはあんまりだ。

 昨日は送迎のみだったから気付かなかった。

 体に悪いところは無さそうだし病院にも通っていない、僕は先生の動向は全て把握しているからそのくらいは分かる。

「先生、お食事されてます?」

「うん?んー…してるわよ」

「嘘、食べた形跡がありません。どこか悪いんですか?」

「大丈夫よ…」

 添い始めて分かったことだが、この人は年齢の割に子供っぽいところがある。

 僕や事務所スタッフに平気で嘘もつくし騙すし卑怯な言い訳だってする悪い大人だ。

 今だって僕に何か隠しているんだ、でもあまり踏み込んでも機嫌を損ねるから窺うのも最低限に留めなければいけない。

「…なら僕、部屋の掃除してから帰りますから、もうお休みになって下さい、できればベッドで」

「ん…」

「そこで寝るんなら、せめて上着だけでも脱いでもらえますか?掛けとくんで」

 ちなみにだが僕が入れるのは仕事場とこのリビングと水回りまで、寝室は未だに入らせてもらえない。

 仕事で訪れているのだから当然なのだけど。

 なのでこうしてソファーに倒れ込むことは多々あってもベッドまで運んだことはまだ無いのだ。

 ちょっと興味はあるけれど頼まれないから図々しく乗り込むことはできない。
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