僕たちが幸せを知るのに

茜琉ぴーたん

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Capitolo1…Cigno

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「(古そうな校舎…でも床はキレイだな…)」

皆が靴で踏むのだが床は案外砂などは落ちておらず、それだけ催し時にも関わらず人通りが少ないことを示している。

 もしくは優秀な清掃業者が入っているのか、くらくらする頭を手で支えて熱を逃していると渡り廊下の向こうからカツカツとヒールの音が聞こえてきた。


「……ふふ」

 こういうの僕の好きな音だな、きっと上質なピンヒールだろうな。

 ってことはスーツとかでビシッと決めた女性だよな、なんて妄想しているとコンクリを打っていたのがタイル音に変わり、行き過ぎて戻って来て近くでピタッと止まる。

 そして

「ちょっと、きみ大丈夫⁉︎気分悪いの?」

と僕を心配するミセスの素敵な声が降り注いだ。


「……」

「…ねぇ、大丈夫?保健室に連絡しましょうか、」

 やり手社長みたいな大きめフリルの立て襟ブラウス、暑いだろうにしっかりとジャケットを着込んで前ボタンもはめて。

 事務棟に引き返そうとするその後ろ姿の、タイトな膝下丈のスカートにくるまれ揺れるヒップラインがなんともキュートだ。

「あ、excuse meすみません!」

「…⁉︎」

ゆるふわなボブの髪をなびかせたそのお顔はまるで女優、細く整えた眉と大きな目に長いまつ毛が麗しく、小娘には似合わないヌーディーなベージュの口紅が戸惑う唇をキラキラと彩る。


「uh…スミマセン、オテアライ、ドコデスカ?」

「…え、あ、」

 これは僕のテクニックなのだ。

 まず見た目通りのガイジンに扮してこの場に不慣れな若造を演じる。

 優しいお姉さまはこれでまず最寄りのトイレまで連れて行ってくれる。

 そして道中で種明かしして口説き落とすという…彼女たちの親切心に付け込んだナンパ方法である。

「スミマセン、ボク、カンバン、ヨメナクテ」

「…えーと、あ、こっちおいで、」

「ハイ、アリガトウゴザイマース」


 さっきの校舎のトイレが一番近いと言えば近いのだが気を遣ってくれたのか、彼女は保健室もあるという事務棟の方へと僕を誘導してくれた。

「大丈夫?」

「スミマセーン」

「あの建物なら案内カウンターもあるから……え?」

少し前を歩く彼女の手を握れば、当然驚いてその美しい顔が困惑に染まる。

「ありがとう、お姉さま」

 すかさず滑らかな日本語で笑いかければ頭の上にクエスチョンマークが数個浮かんだ。

「え?あ、」

「僕、日本生まれだから。ねぇ、お姉さまはここの先生?すっごく好みだなぁ、僕と遊ばない?」

「……ナンパ?やるわね…こちとら43のババアだってのに」

形のいい眉が片方だけ吊り上がる。

 25歳年上であることを自虐する彼女の口元には相応の法令線ほうれいせんが刻まれていた。

 あんまり思っていた淑女ではなかったけど美人だから是非お相手して欲しいな、

「ババアじゃないよ、人生の先輩だよ。ね、お姉さま美人だからつい声掛けちゃった…若い男は嫌い?」

と引き寄せれば細い彼女は簡単によろけて僕の胸に顔をぶつけてしまう。

「きゃっ…むぐ」

「……あ、お化粧が付いちゃった」

「え⁉︎やだ、ごめんなさい、」

 顔を離したら彼女の口紅とファンデーションが僅かにだが僕のワイシャツに付着した。

 僕はしめしめと指で差して強請ゆすりに入る。

「責任取ってよ、それかどこかで拭いてよ、ねぇ♡」

「手慣れてんのね…あー、じゃあ借りてる部屋があるからおいで」

「うん♡」
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