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ステージ5

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 妊娠8ヶ月に入った頃に里香りかちゃんは産前休暇に入り、結婚以来なんとなくで済ませてきた家事を本格的に学んでくれるようになった。

 僕の実家へ出かけて母から料理を習ったり、出かける時に玄関先まで見送ってキスをしてくれたり。

 名付け辞典と睨めっこしてご飯を炊き忘れたり、学生時代とも職場の姿とも違う彼女の様子は垂涎すいぜんものに可愛らしくて…可笑おかしく感じる。


「(ん?可笑しく?)」

 目立つことをしてこなかった小市民の反動がこんなところで出るのだろうか。

 スクールカースト最上位の女子が自分のとこまで降りてきて僕のために右往左往して、僕が種付けをした子を宿して、僕によって動かされている姿が間抜けに見えて堪らなかった。

 下克上とでもいうのか…僕のために料理をしたりする里香ちゃんを眺めていると征服感が半端なくて、付き合い始めた時よりも入籍した時よりもそれをひしひしと感じる。

 入浴介助だって「してあげてる」と施しの気分で自己顕示欲を満たして、お礼を言われないとイラッとするようになった。


「(僕…疲れてんのかな…リカちゃんのこと好きなんだけどな…おかしいな…)」

岳美たけみくん?どうしたの、美味しくない?」

「ん、ううん?美味しいよ」


 この頃、仕事には慣れてきて今の店舗では持て余すというかもっと色んな案件に触れて処理対応をしてみたくて、僕はどうも欲求不満気味であった。

 早くフロア長に上がりたいけど枠が空いてない。

 上が詰まっているので昇進ができない。

 あぁこんなに出世したいと願う有望な若者がいるというのにまどろっこしい。

 春の繁忙期と面倒なクレームとが重なり日々のイライラは募って、どうしても家庭でまで滲ませてしまうことが多くなった。


「おかえり」

「…ただいま…」

「…ごはん温めるね」

「うん」

「疲れた?」

「そりゃあ働いてるんだからリカちゃんよりは疲れるよ」

「…そう」

 不機嫌を顔で表して奥さんに気を揉ませて、自分のせいで何か起こっているのかと聞かれても「何でもない」「関係ない」と取り付く島を与えない。


 イライラしてこんなことダメだと分かっているのに八つ当たりしては自己嫌悪に陥って、それでも里香ちゃんに謝ることができず過ごす。

 そして臨月に差し掛かったある日。

 僕が帰宅しても里香ちゃんは出迎えてくれなかった。


「…ただいまー……リカちゃん?もう寝てんの?……お気楽でいいな……リカちゃん、リカちゃん?…なに…」

 ダイニングテーブルの上にはチラシの裏に走り書きで

『予定より早いけど実家に帰ります』

と残してある。


 あぁやってしまった、地位にこだわり家庭内でまで偉くなったつもりでいた。

 僕の顔色を窺う里香ちゃんを見てスッキリしていたのもバレていただろうか。

 僕はその場に膝から崩れ落ちた。



つづく
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