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ステージ1
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しおりを挟む「久しぶりだね、新メニューが出たんだよ、美味しいからオススメ」
行きつけのラーメン屋、僕がここに来るのは3ヶ月ぶりくらいだったが彼女はその間にも通っていたようだ。
「へぇ…じゃあそれにする…他の人と来てたの?」
「うん、同期とか先輩とか。あんまり大勢では来れないから少数でね」
「そっか」
ここのカウンターは別に僕専用じゃない、彼女の隣は僕でなくてもいい。
意地を張らずに来れば良かったな、僕は空白期間が惜しくて堪らなくなる。
可愛い同級生で心細い時期に支えになってくれた先輩。
雑談と相談と指導と、僕がこの1年を無事に走り切れたのは彼女の存在がやはり大きくて…それは彼女への嫉妬心とかやっかみも含めてそうだったのだ。
「最近…宮前くん誘っても断られるからさ、私なにかしちゃったかなって…気になってたの。知らずに失礼なことしてたらごめんね」
「いや、違う…んー…」
「気のせいならいいの、ごめんごめん」
ほらそうやってまた先輩風を吹かせて心の広さを見せつけるじゃないか、僕らは同い年だぞ、いつになったら同等になれるんだ。
治りかけていた火種が赤く赤く閃き出した。
「…泉さんはさ、すごく親切で優しいけど……なんか上からというか…違う、実際先輩なんだけど…同級生だからさ、下に見られてるのが酷く情けなくて…堪んない時があるんだよ」
「え、そんなことないよ、偉そうだったかな、ごめん、」
「…いいんだよ、僕が勝手に思ってるだけだから…学生時代の序列をいまだに引きずってるんだ。泉さんはキラキラしたリア充グループで、雲の上の存在で…追い付けなくて辛い。こんな訳わかんないことで誘いも断ったりさ、なんか…卑屈で…ごめん、奢ってもらうのも嫌だったんだ、僕だって自分の力で稼いでるんだから…」
「……」
目の前の台に注文したラーメンが置かれて、それぞれ手前に取り食べ始める。
「…空気悪くしてごめん。今日は割り勘って言ってくれたから来れたんだ、なんか成長した気がして…いただきます」
「いただきます…そりゃ…もう新人じゃないんだもん…ごめんね、いつまでもひよっこ扱いして…ふー…ふー…熱、」
「ふふっ…いいよ、落ち着いて食べよ。もう謝るのはなしね」
「うん…あち、ふー……何かあれば話しかけてね、ふー…」
「うん……美味し…」
僕らは熱々のラーメンに息を吹き掛けながら食べ切り、ぽかぽかした体で駐車場へと出た。
「またね」
「気をつけて」
それぞれの車に乗り込む前に挨拶を交わして、彼女の軽自動車が車道へと出て行くのを見送って…僕はひとつの答えに行き着く。
「……泉さん………好き、だなぁ…」
優しい、世話焼き、後輩に謝れる腰の低さ。
先程まで抱いていたイメージを自分で覆し、僕は簡単に彼女への好意を認識した。
そうか好きだから下に見られたくなかったんだ、好きだから見下されるのに耐えられなかったんだ、好きだから追い越したかったんだ。
僕は彼女への感情にそんな枕詞を付けて恋する自分に浸ってみる。
後輩社員のケアとしてあれこれ世話を焼いてくれるのだろうが僕は随分とそれに救われてきたのだ。
僕が泉さんを好きになるのはそれだけで充分な動機と理由になる。
無事勤続1周年を過ぎた日、僕は終業後に彼女へ告白することにした。
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