9 / 67
ステージ2
9
しおりを挟む「ふー…美味しかったね」
「うん…ごちそうさま」
言った通り彼女の分も僕は支払い、駐車場で互いの車の間に立ち…
「どういたしまして…泉さん、改めて言うよ。泉さんのことが好きです、付き合ってください」
ほぼ勝ちを確信していたから自信たっぷりに再告白を仕掛けた。
「あ、あの、」
「やっぱり出世しなきゃダメかな」
「いや、その、ご、ごめんなさいっ……私、彼氏、できたの…」
「ハァ⁉︎」
聞いてない、そんな素振りも無かった。
暗がりでふつふつと腹の底から泡が上がりだす。
「ごめん、正確にはできそう、なんだけど…」
「……なんで彼氏候補がいるのに君を好きな僕と二人きりで食事なんてできるの」
「ごめん、宮前くんはその…」
「僕じゃ浮気にもならないってことか、舐められてるな」
ぷくぷく泡は大きくなって腹も肝も心臓までもぐらぐらと震え出して、僕は拳を握り締めて力と熱をそこへ逃した。
「ごめんなさい、同僚として…仲良くしたいだけなの、それは本当…」
「どんな奴?彼氏候補って」
「え、あの……も、元カレ…ヨリ戻りそうなの」
「ふーん……ふーん、ふーん……そう…か、なら仕方ない、な、」
沸騰していた気持ちが煮え切って空の鍋がすぅと冷めていくような感覚だった。
きっと胃に入ったラーメンから得ていた熱が冷めたからだろう。
僕は拳を開いて車の鍵を開ける。
そして
「ごめんね、しつこくして…」
と彼女と目を合わさずに運転席のドアを開き乗り込んだ。
やはり好みのタイプを超えることなんてできないのか。
失意の僕は無表情のまま、エンジンをかけてさっさと家路に着く。
よくよく考えてみれば弱っている時に優しくしてもらったというだけで泉さんでなければならない絶対的な理由なんて無かったのだ。
「(……モテない男は食事だけでその気になるってんだよ…)」
熱い湯に浸かって目を閉じ彼女を思い浮かべる。
ついさっきまで愛しく感じていたその姿は何故か僕の頭上のフキダシではぼんやりとボヤけてあやふやだった。
女性なんて世界には山ほど居るというのにこの喪失感。
1年前の失恋よりも心に堪えて苦しくて、歯を食い縛りシワを拵えた眉間を湯船の湯で洗って拭う。
「どうしたもんかな…」
さて失恋も辛いのだがもうひとつ困ったことが、仕事における出世へのモチベーションを僕は失ってしまったのだ。
彼女より上を目指そうとしたから張り切ってきたのに目標が消えてしまった。
一番良いのはもう一度奮起材料となる女性を見繕うことなのだがそう簡単に見つかろうはずもない。
かと言って泉さんを彼氏から奪うような…期待させて僕を振った悪女を得たところで価値も無いように感じた。
可愛さ余って憎さ百倍、それならば彼女をギャフンと言わせることを目標にするか…しかしそれも大した成果にはなりそうにない。
だって彼女はいい人なのだ。
昇進すれば笑って「おめでとう」と言ってくれるだろうことは確実なのだ。
「しかし彼女は僕を弄んだぞ?」
「いいや、生まれながらに悪人などいないよ」
僕の中の天使と悪魔が交互に意見を交わして場を荒らして…すっかり茹だった僕は自宅の脱衣所で丸裸のまま昏睡してしまった。
「きゃー⁉︎岳美‼︎きゅ、救急車⁉︎」
「だいじょうぶ、母さん…だいじょーぶ…」
新しい目標を立てなきゃやっていけないな。
僕は脱衣所で仰向けになりぐるぐる回る天井に彼女のシルエットを投影する。
つづく
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
⚠️不倫等を推奨する作品ではないです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる