恋を知らないセクレタリー・ドール…心が無くても雇っていただけますか?

茜琉ぴーたん

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3章…幸せですわ

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「お待たせしました、和臣さん」

「いや…待ってない。父はもう良いのか?」

「はい、先生は後援会の方々と食事会がございますので、そちらへ向かわれました。こちら付きの秘書も付いておりますので私は自由時間を頂いてます」

「そう…じゃあ駐車場、こっち」

「はい」

 和臣さんは綺麗めカジュアルと言うのか、シャツにジャケットとチノパンというスタンダードな格好をされていた。

 10月の風はもう冷たいがくるぶしは少し見せる何気ないお洒落が浜のこなれ感を醸す。


「(…カジュアルか)」

フォーマルとカジュアルの共生は難しかったがフリル裾のスカートスーツにしてきて良かった。

 色も明るめのベージュだしガチガチの堅苦しさは出ないだろう。

 私は後を追いながら、二重巻きにしていたスカーフを解いて胸の上で大きなリボン結びに変えた。

 くすみピンクの濃淡で彩られたマーブル模様が大きく見えるように、そして可愛らしさもアピールする。


「どうぞ、乗って」

「はい、失礼します…」

通勤は電車だからほとんど出番が無いという和臣さんのマイカーは国産メーカーの代表的なセダン、さすがの安定感と座り心地だった。

 芳香剤は使わず砂と埃の臭いが少々する、適度な隙が攻めやすそうでありがたい。


「出しますね……父は…どうでした?」

「はい、いつも通りお話をされておりました。しかし声が少し枯れておいでのようでした、昨夜は奥さまとお話が弾まれたのかもしれませんね」

「あー、そうかもしれませんね、久しぶりだから」

「すみません、あの、私には敬語は使われなくて大丈夫です」

「え、いや、でも」

「私は歳下ですし、和臣さんは私の雇用主の御子息ですもの、堂々となさって下さい」

「……」

 和臣さんは渋い顔で頬を擦り、

「じゃあその…名前を、何と呼べば良い?」

とこちらを見ずに言って口を一文字に結ぶ。

 恥ずかしいんですのね、予習通りです…

「浦船でも、聖良きよらでも構いませんわ」

と横顔を凝視すれば和臣さんは鼻から諦めのようなため息を吐いた。

「なら…浦船さん」

「はい、ふふ」

「なに?」

「いえ、くすぐったい感じがしますわ…歳の近い男性に名を呼ばれること自体が少ないので」

「…そう…」

 特別感を先制プレゼント、ここからいずれ「聖良」と呼び捨てにして下さいませね、私は目線を正面へ戻して標識を確認する。

「……」

南へ走っているから海沿いか、行き先は着いてからのお楽しみにすべきだろうか。


「その…浦船うらふねさんは…どうして父の秘書に?」

「えーっと…専門学校のOBの方の紹介ですね」

これは半分本当で半分嘘だ。

 私はズブズブのコネで伸夫先生の元へ派遣されている。

 紹介者は誰ってもちろん和臣さんの祖父・ご隠居こと太郎たろうさま、私の価値を見込んで大金を叩いて下さったお客様だ。


「そう…いや、あまりに若いし…」

「伸夫先生はゆくゆくは和臣さんに地盤を継いで欲しいとお考えですから、そういった点を見越して地元出身である私が…いえ、まだ未定ですが」

「え、どういう…」

「…私が申したことは内緒にして下さいね?」

「あぁ、」

「和臣さんが県政に、そして国政にと打って出た際の手助けになるよう、私は育てられているんです」

「は…国政って…昨日も言ったが未定も未定だぞ」

和臣さんは己の前に敷かれたレールの存在に顔を酷くしかめて嫌悪感を表した。

 けれどこれも伸夫先生による善意のお膳立てだ。

 ご隠居は言葉巧みに先生を丸め込んで私を送り込みこの将来プランを実現させるよう仕組んでいる。

 伸夫先生も二世議員として少なからず親の恩恵は受けている、「親父がそう言うなら」と親孝行のつもりで私を雇って下さったのだ。


「まだまだ先の話ですわ、和臣さんがいつか腰を上げられた際に、私も一人前の秘書になっておりますから…そのために伸夫先生の下で学ばせて頂いてます。そして…和臣さんのお手伝いできることを楽しみにしております」

「……そう」
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