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14章…悪い人

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「危ない橋だった。調べ上げたと言っても僕の知らないところで聖良が鎮痛剤やアルコールを摂っていたら胎児に影響が出てしまう。すり替えに気付いてピルを再開されても同じだ、子育てを不安がっている君を僕の意図で妊娠させてしまって…本当に申し訳ないと思ってる…判明する前に聖良が走ったり運転したりするのも怖かった、本人が知らないうちに流産してしまったらと…子供の安全までも君を縛るために危険にさらして…」

「だから、うちに入り浸ったんですわね」

「そうだ、とにかく一緒に居てやろうと思った。見合いに出た時は君も事務所出勤にして、別の秘書に監視させていた…結婚が決まってからだって、勝手に中絶されたらどうしようかと…だから必ず同行した。酒を呑まさないように僕も控えた…僕が頼まなければ君は絶対に呑まないから。…すまない、一生黙っていようと思ったんだ、しかし君のお腹が大きく膨らんでいくのを見るごとに居た堪れない、持病の存在を見落として君が死んでしまう夢も何回も見た、人を騙すのはこんなに辛いんだな……すまない…もっと殴ってくれて良い、罵倒してくれても構わない、それだけのことをした…君からの信頼を奪うことをしてしまった…」

偉い議員先生は唇を噛んで鼻を垂らして、食卓にひたいを擦り付けて繰り返し詫びる。

 彼を殴った右手がじんじん痛む、ここまで懺悔されては追撃を食らわせることもできないしこちらが悪者になってしまうか。


「…もう、おやめ下さい…和臣さん」

手を摩りつつリビングへと移動して、リモコンでテレビを消してソファーに深く座る。

 画面が消える瞬間に映っていたのは赤子を抱いた女優さんの明るい笑顔、心底嬉しそうなそれがまぶたに焼き付いて印象的だった。


「…すまない…」

「やっぱり、和臣さんは真面目な方ですわね…ちょっと魔が差した、ということで水に流しますわ」

「……聖良、」

「私も騙しましたし…この話はこれでお終いにしましょう。その代わり、私とこの子を全力で愛して下さいませね」

「…聖良……あ、愛している」

ガタンと音を立てて和臣さんはダイニングから私目掛けて飛びかかる。

 ハントされるかのように身構えたその体をぎゅっと抱き締めて、彼はまたすんすんと鼻を鳴らし始める。

「きゃ…酔ってるんですから、気を付けて下さい」

「すまなかった、聖良、どこにも、君をどこにもやりたくなかったんだ…」

「その話は終わりですって…でもそうですわね、最初のプロポーズの日に『一緒に地獄に堕ちよう』とおっしゃってくれましたものね。あの時から和臣さんは無理に悪の道を進んでたんですわね」

「あぁ、性に合わないことはすべきじゃないな…根は真面目なんだろうが…腹黒いところもあるんだ…嫌わないで欲しい…」

 誰にだって二面性とも言えない意外性くらいはあるものだ。

 むしろ性格が一貫している人の方が珍しいのではなかろうか。

 正直者が実直な人間とは限らないし嘘つきが悪人とも限らない。

 私はと言うと果たしてどうだろうか、善人でない自覚はあるが罪を犯すほどスレてもいない。

 淡々としているようで案外執着心があったりもする、それくらいの振れ幅はあって当然だ。

「嫌いません…よく分かりませんけど…怒りが溶けて…流れ出てしまったみたいで…和臣さんに抱き締められると…安心して…ふわふわと気持ちが良いんですの…」

「だろうね、腕枕をしたら君はすぐに寝てしまう」

その間に薬をすり替えたり手帳を覗いたりと好き放題したんですのね、ぽんぽん背中を叩いてあげれば彼はいたずらっ子みたいに笑う。

「…悪い人」

「すまないね、悪いんだ」

「けれど愛しいんですわ……和臣さん、もうこれっきり、嘘は無しにしましょう」

「あぁ、約束する…」


 その夜も心は深く体は浅く愛し合って…予定日の半月前に地元・甕倉カメクラ市へと戻り出産を迎えた。
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