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3章…幸せですわ
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しおりを挟む「浦船さんは…親御さんも甕倉に?」
「あ、私の両親は早くに亡くなっておりまして…同じ市内に引き取ってくれた施設の施設長が母代わりですね」
「そう…会いに行ったりはしてる?」
「いえ…養母は厳しい方で、独り立ちしたら訪ねてはいけないんです」
「そうか…それは寂しいね」
「はい」
嘘ですわ、寂しくなんかありません…表の道路を走り去って行く自動車を眺めつつ水を飲む。
ひぃ様は、形としては児童保護だか養護だかの施設の施設長として少女たちを引き取り、現在も育てている。
監督されつつ共同生活を営み学校にも行かせてもらい、習い事なんかも頼めばさせてもらえる表向きは良い環境だ。
その実がどうだったかなんて話せはしない、和臣さんの目の前の私が作り物の人形だなんて話したって理解してもらえないかもしれない。
「……」
ぼうっと憂いを帯びた瞳でテーブルの上のおしぼりを見つめれば、和臣さんは気まずそうに
「あの、い、今が幸せなら…養母さんも喜んで下さるだろう」
と励まして下さった。
「そうですね、私は今幸せです」
おしぼりから彼に目線を移してにっこり微笑むこと数秒、和臣さんの泳ぐ瞳とやっと会い見える。
男らしい眉毛と少し疲れた目の下の隈、もしかして昨日夜更かしでもしたのかしらなんて思えば大の大人が可愛らしく思えた。
「…ま、まだかな…海鮮丼…」
「待てば待つほど美味しく感じるでしょうね」
「あぁ……浦船さんは…良い子だね」
「あら嬉しい…良い子になるためのそれなりの教育は受けましたから」
「元々の性格だよ、人が良さそうで…一緒に居て穏やかな気持ちになる」
「…嬉しいことを仰いますね……ふふ…私、本当に幸せですわ…」
和臣さん、憎からず想っていただけて光栄ですわ、あとは想いを一致させるだけですわね。
膝に置いていた手をテーブルの上に出してもじもじと絡ませる。
いつでもこの手を取っていただいて構いませんわ、和臣さんの手がぴくんと動いたその時、「お待たせしましたー!」とオーナーが元気にトレーを持って厨房から出て来た。
「はい、たっぷり盛りね。今日はマグロ、ハマチ、イカ、エビ、シラスね」
「名産ですものね」
「そう、汁のハマグリは冷凍だけどこれも湘南…詳しいの?」
「いえ、一応地元ですので」
「そう、和臣、良い子じゃんか。付き合ってもらえよ」
はて地魚を知っているだけで良い子とはチョロいものだ、肘で突かれた和臣さんも「よせ」と言いながら照れている。
こうして周りから固めてもらうのもありかもしれない。
和臣さんは奥手だから外堀を埋めるのも得策…あるいは既成事実を先に作ってしまうかだが、これは難しいだろう。
「和臣さん、乾く前に頂きましょう」
「あぁ、うん。いただきます」
「いただきまーす………うん、お魚もタレも美味しいですわ」
「うん…美味しい…やるな」
尻を叩かれ厨房へ戻って行くオーナーは振り返って笑い、楽しい食事タイムは恙なく過ぎていった。
つづく
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