恋を知らないセクレタリー・ドール…心が無くても雇っていただけますか?

茜琉ぴーたん

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13章…理想の家族

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 あの日から彼は本格的に私の部屋に移住して、昼間は仕事に朝夜は私の世話にとフル稼働で尽くしてくれるようになった。


 そして最終月経開始日から数えて5週が経過した頃に産婦人科を受診すれば、まぁ当たり前に「おめでたです」と診断された。

 役所を回り母子健康手帳を発行してもらって出産予定日の目処めどが立ったその足で…私たちはご隠居に会うために和臣さんの実家へと向かった。


「いらっしゃい、聖良きよらさん、和臣かずおみ、おめでとう!」

「…奥さま、この度はだらしないことをしてしまい、申し訳ございません」

「何を言ってるのよ、さぁ上がって、足元気を付けてね、おめでたいことよ、遅かれ早かれ結婚するんだし、ね、」

奥さま…和臣さんのお母さまはあらゆる言葉で授かり婚を恥じる私を励ましては時折和臣さんを小突いて、伸夫のぶお先生の待つ応接室へと私たちを誘導してくれる。


「……」

 相変わらず無駄に広い家だ、何度来ても間取りが把握できなくて迷子になりそうになる。

 先生はいずれ減築か手放すと仰っていたが、旅館とかハウススタジオという形で遺すのもひとつの手かもしれないな、なんて…人様のお家を値踏みしてしまった。

「聖良?こっちだ」

「はい、すみません…」

「父さん、入るよ」

ノックをしていつもの和室とは違う洋風の応接室に入る。

 今朝東京から着いたばかりの伸夫先生はさもずっとここに住んでいるかのように回転椅子にどつかり座って「いらっしゃい」と迎えてくれた。

「聖良、そこ座って」

「はい」

「母さんも座ってくれ……父さん、電話で話した通りだ…みっともない真似をして申し訳ない、だが遅かれ早かれ聖良と夫婦になりたいと思っていたから…良いきっかけになったと思っている。若輩者だがこれからもよろしくお願いします」

 そう和臣さんは立ったまま先生ご夫妻に頭を下げて、私も同じようにしようとすれば「いいからいいから」とふかふかのソファーから動かせてもらえない。

 膝の上には分厚くてふかふかのブランケット、背中にも柔らかいクッションを敷いてもらいこれでもかと高待遇を受けた。

「あの」

「聖良さんは座ってて、あ、足は冷たくないかしら?」

「平気ですわ」

「いいえ、スリッパだけじゃ不安だわ。何か履きましょう、持って来るわ」

「お気になさらずー…」

 奥さまは初孫に舞い上がっていて、まだ性別も決まってないというのにもう「ランドセルはどんなのにしようかしら」なんて話をしているらしい。

「要るものがあれば言ってね、聖良さん」

「は、はい…」

「何か羽織る?」

「夏ですから大丈夫です…」


 私はもこもこ起毛の靴下をストッキングの上から履かされて、奥さま手編みのショールを首に巻き…和臣さんと伸夫先生の話を聴いていた。

 プライベート半分仕事半分、メモしようと手帳を開けば奥さまが「まぁまぁ」と止めるので終いには諦めて奥さまと「このお饅頭まんじゅう美味しい」なんてガールズトークに勤しむことにした。

「奥さま、あの…差し出がましいようですが、その…お、おかあさまとお呼びしてもよろしいでしょうか…?」

「母さんでもママでも、好きに呼んでちょうだい。堅苦しくしなくて良いわよ」

「あ、はい…じゃあ…お、お母さん………あ、すみません」

実母に対してもいつが最後だったか憶えていないそのワード。

 口に出して奥さまが「はぁい」とニコリ微笑み返してくれると涙腺がじんじんとうずいて瞳が潤んだ。

 私に母が出来た、実母と養母を経て義理とはいえ愛する人の親という信頼できる存在ができた。

「聖良さん?まぁ、どうしたの?どこか痛い?」

「違います、お母さ…ん…うれし、くて…すみません…」

「あらあら、よしよし」

 ぽんぽんと背中を叩くその手の柔らかく優しいこと、すんすん泣き始めると男性陣は何と声を掛けて良いのやらとあたふたしていたのが可笑しかった。
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