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13章…理想の家族

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「…大丈夫ですの?」

「署名捺印してもらう。じいちゃん、書けるか?ここに名前だ…印鑑は?」

 和臣さんはご隠居の体を支えて震える手で署名させ、その間にお手伝いさんは金庫から大きな印鑑ケースを取り出して引き出しの朱肉と揃えた。

 彼女は「太郎さまに何かあれば私がそれを持って破棄する役目でした」と、契約書を金庫に入れずに隠していた理由をぼそぼそ語ってくれる。

「じいちゃん、じいちゃんの言う通り僕は国会議員になるよ、大臣だって目指す。でもお見合いはしない、聖良と一緒になりたいんだ」

「…なにを…和臣…」

「許してくれなくても良いよ、聖良に何かしようものなら僕はじいちゃんがしたことをマスコミに発表する。じいちゃんが僕ら家族よりも大事にしてた名誉とメンツを潰してやる。土地・家屋も全て人手に渡って僕らは路頭に迷う、それどころか汚れた一家として後ろ指を指される人生だ。死んだ後も嫌な意味で名前が残るんだ、じいちゃんには耐え難いだろう」

「……」

「分かるかい?じいちゃんが大切にしてる名誉や名声は僕にとってそこまで価値のあるものじゃないんだ。少なくとも愛する人と同じはかりに載せられる程の価値はない…それがじいちゃんの誤算だよ。じいちゃんがしたことは間違ってるよ、やってはいけないことだった。まぁ…聖良と出逢わせてくれたことには感謝するけど…だから穏便に済ませたいんだ、ね、あと一文字だ、うん…できた」

話しぶりは温厚だが和臣さんの手には力が篭っている。

 痩せ細ったご隠居の腕を固めて用紙に『城廻しろめぐり太郎たろう』としっかり署名させて、最後にぎゅっと抱き締めてから体を離した。


「じいちゃん、聖良はね、努力して勉強して色んな資格や免許を取ったんだ。お茶やお花なんかもできるし幼児教育にも心得がある。自分を犠牲にしてでも僕を支えてくれる良い妻になるよ、血じゃない、本人の気持ち次第で何とでもなるんだよ」

「……」

「じゃあね、じいちゃん…僕らの今後を楽しみにしててくれ…聖良、出よう」

和臣さんは用紙をファイルに挟んでお手伝いさんに頭を下げて、私の手を引き廊下へと戻る。

 部屋からは印鑑を片付ける音とご隠居の声にならないうなりが聞こえて、お手伝いさんのなだめる声がした後に静かになった。


「…和臣さま、これで…いえ、それは有効なんでしょうか」

「んー…証人もいるし、契約者本人が『譲る』と言うんだから有効じゃないのか?君の養母に入った金額は変わらないし、じいちゃんの希望は一部叶わなかったが承諾した訳だし」

「承諾も何も、お話が成立してなかったように思えますが」

「だから良かったんじゃないか…こんなもの弁護士にも見せられないし、じいちゃんは他の誰かに訴える手段も持ってない。いや、久しぶりに会ったけどあぁまで弱ってるとは思わなかったな…名誉があっても時間は平等だな、あはは」

「……」

 実際に血を分けた祖父にもここまで非情になれるものなのか、いや血を分けた間柄だからこそなのか…私は和臣さんが少し怖い。

 優しく言い包めて一方的に要求を呑ませて、確かに人は優しいばかりではないなと実感できた。
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