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8章…無かったことに

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「……聖良」

「ご結婚されれば、私はその方に出来ないような性欲の発散をするための女になるんです、ラブドールに…いえ、愛を持って欲しいなんて贅沢は言いませんわ」

 あぁドライにと決めたのにムカムカする。愕然とする和臣さんの顔を見ればきゅうと胸が切なく締め付けられて罪悪感が溢れる。

 嘘を重ねてきたことへの申し訳なさも募るし顔を直視出来やしない、けれどなんとか取り繕って関係を続けさせなければならない。

「…君は…感情が無いのか。僕とこうして向き合っていても何も思わないのか」

「…私は、良し悪しなど分かりません。言い使った通りの仕事をして、過不足無い衣食住をさせて頂けるだけで…充分なんです。そう教わったんです」

「ロボットか?君は」

「そうですわ、人形なんです。異性への恋愛感情などとうに捨てました。それが和臣さまと恋をして…恋を、知ってしまって…貴方のことを考えたら胸が苦しくて…心なんてものが生まれてしまったんです……でも返品されても行く所はありません、どうか…お支払いいただいた分だけの仕事は致しますから、私をお側に、そして別の方と結婚なさって下さい、お願いします」

 私はベッドから降りて絨毯じゅうたんの床に正座し、三つ指ついて頭を下げた。

「聖良」

「お願いします、教わってないことだって…言われればします、覚えますから!」

「聖良!やめなさい‼︎」

和臣さんは無理矢理に私を起こして赤く痕が付いただろうひたいを辛そうに睨む。

 ここで駄目押しの涙が流せたら良いのだが私は涙脆いたちではない。

 すさんだ生活の中で清らかな涙なんてものは枯れきってしまった。

「……なぜ分からないんだ…」

「分からなくて良いんです、人間として生きていないんですもの」

「違う、僕の気持ちだ」

「…和臣さまからの愛情は感じますわ、けれど受け取る訳にはいきませんの、それは未来の奥さまに注いで頂くものなんです…」

「僕は君を愛してるんだ」

「すみません、恐れ多いんです………どうして…和臣さんが泣くんですの…?」

 私に同情して下さってるのかしら、和臣さんはほろっと涙をひとしずくずつ太ももに落として鼻をすする。

 それとも私と結婚できないことに対してかしら、それとも祖父の非人道的な行いを情けなく感じたからかしら。

「聖良、僕は君と出逢って…惹かれたんだ、見た目も、人柄も、」

「惹くように努めましたから」

「でも僕は好きになったんだ、だから周りの勧めにまんまと乗って…君とこうなった…嬉しかった…!人生で初めてだ、こんなに心が動かされたのは…なのに、なんで…」

「…そう仕組まれた、からとしか…すみません」

「勧めがあったって僕らがその通り恋に落ちるなんて限らないだろう!」

「いいえ、私が和臣さまに惚れるという設定で動いてますので、和臣さまさえ私を気に入ってくだされば成立するんです」

「…だから、候補が何人いたのかは知らないが僕のもとに僕の好みの君が来ること自体が運命的じゃないか。性格も趣味も…おそらくだが体の相性だって合ってる、」

 そう信じたいのはごもっとも、伸夫のぶお先生が引き合わせたのが和臣さんの好みから外れる女性ならここまで深い仲になってなかったかもしれないし。

 運命という名の偶然を望んで、けれどこれは計画的な必然ですの、

「ですから、和臣さまが私に惹かれるように、和臣さまの好みに私が成ったんです」

と告げると薄々予想していたのか和臣さんはゆっくり目を閉じて床へ腰を下ろした。
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