壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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2月・勇者は大切ない

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「ふー……ヒナちゃん、アイツは?声掛ける?」

嘉島が指し示したのは電子レンジを接客中の松井まついだった。

 かつて陽菜子に好意を寄せて付き纏い、しかし告白まで踏み切れず諦めてしまった臆病な男だ。


 陽菜子は嘉島と交際を始めてからも、彼の主宰するホームパーティーなどレクリエーションには参加してきている。

 恋人のことは遠回しに尋ねられたりはしたが、ハッキリ言われないので曖昧な答えしかできていなかった。

「……接客中ですし…告白されたわけでもないので…わざわざ待ち構えて報告しなくてもいいですよ」

「そう…?うん…なら降りよう」

 松井が勇気を出して告白していれば未来は少し変わっていたかも?

 考えても詮無い事だが嘉島は現状をベストと捉え、陽菜子の腰を抱いて駐車場へと降りる。
 

「よし、次…我が西店だ…終わったらご飯食べようね、腰冷えてないか?大丈夫か?」

「平気ですよ、ふふ…」


 車は一路西へ、帰宅ラッシュで交通量の増えた国道を詰まりながら進んだ。





「いらっしゃ…あれ、嘉島副店長~、何してますのん、若い子連れて~、え?ご結婚?なんぼ離れてますのん?犯罪臭しまんなぁ、ええ?」

「黙れよ、これだからお前に会いたくなかったんだ…」

嘉島より一足先に西店に転勤した黒物コーナー長・笠置かさぎゆいは、小柄な体を擦り寄せて上司へ絡みだす。

「おめでとうな、ヒナコ…うちがこっちで見張っとくから、浮気の心配はせんで大丈夫やで!」

「しないよ、馬鹿」

「副店、初夜は?もうシた?」

「シたよ、うるせェな!」

 お馴染みの下衆い会話、陽菜子はそのやり取りすらも懐かしんでニコニコと聞いていた。





「ふー…疲れたね…盛りだくさんだ…変更書類とか印刷してもらったから、今日のうちに書いて明日提出しちゃおうね…あと申請すれば労働組合からも祝い金が貰えるからそれも出して…あとは式だなァ、やっぱり希望の披露宴なしのリゾート婚で決めようと思うんだよ、いいよね、ヒナちゃん……ヒナ?」

 西店から自宅へと帰る車内、陽菜子はうつらうつらと夫の話を聞き流していた。

「ん………はい…結婚…」

「いいよ、着いたら起こすから…寝なさい」

「ん…」

「愛してるよ、ヒナちゃん」

幼妻の寝顔を横目に眺め、嘉島は眼鏡の奥でひっそりと笑う。

 交際を始めて5ヶ月のスピード婚、お互いまだまだ知らないことも多く合わない部分も少なくない。

 それを擦り合わせたり無理に通したり、時に喧嘩をしながら家庭を作っていくのだ。

「ふふっ♡私も愛してます」

「起きてたのか…分からない子だなァ」

「健さんが夜道で迷わないように、起きてなきゃ…老眼なんですから♡」

陽菜子は少し倒したシートを元に戻して周囲をしっかり確認する。

「堂々と年齢を馬鹿にするようになってきたなァ…覚えてろよ、生理が終わったら…子作りしてやるからな」

「まだ早いですよ♡」

「俺が50歳になるまでには…考えようね」

「ふふ♡頑張りましょう」


 初々しい夫婦生活、この2日後から嘉島は西店に赴任し副店長としての業務を始めたが、以前のようなギラつきはもう見られなかったという。

 それは日ごとに陽菜子が彼を浄化しているためか、それとも血を見たショックが抑止力になっているのか。

 いずれにせよ、彼女を尊重しない性行為はこの後もなされることはなかった。
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