壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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1月・勇者はあられもない

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 1月下旬。

「よかったねェ、快晴だ…旅行日和びより

「本当…運転、お疲れさまです…代わりましょうか」

連休を利用した初めての旅行、嘉島は並々ならぬ熱意を持って臨んでいた。

 というのもこの旅行の行き先は自宅から車で2時間半の県北の町、陽菜子の故郷を経由する日本海ツアーとしているのだ。

「こんな大きいのいきなりは難しいだろ、いいよ…運転でもしてないと落ち着かないんだよ」

「ほんと、そんなかしこまるような親じゃないんで…まぁ…緊張しますよね…」

 通常なら土日にでも行きたいところだが、彼女の親は畜産業を営んでいると知り、打診してもらったところ平日の昼間でも時間が取れそうとのことで実現したプランだった。


「健一さんの…お母さんは最近は様子ありましたか?」

「うち?最近はまた編み物とか始めて…ダンスとか、いろいろしてるみたいよ」

嘉島の父は既に鬼籍、母は余生を楽しむべくホームに入居している。

 定期的に援助はしているが実家や墓・仏壇は弟夫婦任せ、近年は電話だけで帰省もしていない。

「そうですか…私、お義父さんにもお会いしたかったです…」

「ふふ、飛び上がって喜ぶだろうねェ…ん、もう近いの?」

ナビの表示はだいぶん近くなってきた、しかし田舎故に目標物となるものが無く道が分かりづらい。

「そこの田んぼの、斜めを上に、………あれです、あの…家です」

「は……広いなァ……牧場じゃない…あ、あれ…お父さんか?」


 坂道を上がって陽菜子の指示通り車を停めると、庭先で座っていた男性が立ち上がって帽子を取る。

「お父さん、ただいまぁ!」

「あ、あの…初めまして、嘉島健一と申しますっ…あの、突然お邪魔してすみません、あの」

「聞こえんて。早よ入り、」

 焦って降車して挨拶したものの、20メートルの物理的な距離はさっそく嘉島の心を打ち砕いた。

「あ、ハイ」

「すみません健一さん、あれでも喜んでますから」

「ほんとかよ…」





 掛け軸が下がった床の間、大きな仏壇、見上げれば欄間らんま細工が華やかで…昔ながらの日本家屋の仏間に通され、嘉島はキョロキョロと見渡して下座へ腰を下ろす。

 結婚の挨拶に来た訳ではない。

 ただの顔見せくらいのつもりだったのに、この部屋の雰囲気がそれだけでは済まなそうな空気を作ってしまっている。


「よぉ遠いのにいらっしゃったね、疲れたでしょう」

「はい、あ、いえ…兵庫は7年目なんですけど…県北はまだ来たことが無かったです…いいところですね」

「何も無いとこよ、やけんヒナコは早いとこ街へ出したんよ…まぁ、ワシと同い年の男連れて帰るのは予想外やったわ、ははは」

「いやもう…なんとも…」

「お父さん、あんまり健一さんを虐めないで」

 にこやかな父親だが一緒になって笑って良いものかも分からない、嘉島は口の端を引きつらせながら陽菜子が置いてくれた茶を啜った。

「これもどうぞ、嘉島さん」

「あ、初めまして、嘉島健一と申します…」

 茶菓子を出してくれた母親は穏やかそうで、陽菜子とそっくりで…非常に親近感が湧く女性である。

「お話はヒナコからちょくちょく。大切にして下さってるみたいで…よかったわぁ、」

「いやァ…なんと言っていいか…」

しどろもどろになりながらも挨拶ミッションを完遂、嘉島はやたらと茶を飲んでは愛想笑いで口を震わせた。


 しばらくすると実家を継いだ陽菜子の兄が顔を出し、こちらも愛想良く挨拶をしてくれる。

 彼女は4人兄妹の末っ子で、この兄と、更に上に双子の姉2人がいるらしい。


「さて…そろそろお暇しようか」

「はい」

 元々、これといった用も無いのでしばし談笑しては昼前には新庄しんじょう家を出ることになった。


「元気でな、ヒナコもまた来ぃね………ちょい、嘉島くん…」

 車に乗り込む前に新庄父は嘉島を呼び止めて肩を抱き、

「おい、早めに子供作れや、早よせな…抱っこもおんぶも体がたんぞ、な、」

と囁いて離してくれた。

「…考えておきます…」

「おう、気張れや!」

「じゃあ、失礼します…」

新庄一家に手を振られ、嘉島はまた坂道へ車を出して道なりに降っていく。

「みんな気さくでいい人たちだねェ…楽しかった。よし……次の目的地をナビに入れてくれる?ヒナちゃん」

「はい……あの、最後、父に何か言われてませんでした?」

2人のやり取りを眺めていた陽菜子は、車内で不思議そうな顔をして尋ねる。

「ん?んー………早く子供作れってさ…体が元気なうちにね」

「えっ…そんなことを…すみません、失礼な父で…」

「いいよ、同級生だから包み隠さず言ってくれたんだよ…ほんと…早めに仕込もうかなァ…ヒナちゃん、」

 ナビを触る指をちょんと触れば陽菜子はバッと手を引っ込め、

「へ、あ、まだ、あ、」

と照れてしまった。

「嘘だよ、でも…まァきっかけがあれば。作りたいよ」

「は、い…あの…待って…ます…」

「……まだ昼なのになァ…はァ」

 緊張からの解放、嘉島はいつぞやの様に不用意に興奮を感じてしまい、遠くを見遣っては意識を散らす。
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