61 / 80
1月・勇者はあられもない
55
しおりを挟む1月下旬。
「よかったねェ、快晴だ…旅行日和」
「本当…運転、お疲れさまです…代わりましょうか」
連休を利用した初めての旅行、嘉島は並々ならぬ熱意を持って臨んでいた。
というのもこの旅行の行き先は自宅から車で2時間半の県北の町、陽菜子の故郷を経由する日本海ツアーとしているのだ。
「こんな大きいのいきなりは難しいだろ、いいよ…運転でもしてないと落ち着かないんだよ」
「ほんと、そんな畏るような親じゃないんで…まぁ…緊張しますよね…」
通常なら土日にでも行きたいところだが、彼女の親は畜産業を営んでいると知り、打診してもらったところ平日の昼間でも時間が取れそうとのことで実現したプランだった。
「健一さんの…お母さんは最近は様子ありましたか?」
「うち?最近はまた編み物とか始めて…ダンスとか、いろいろしてるみたいよ」
嘉島の父は既に鬼籍、母は余生を楽しむべくホームに入居している。
定期的に援助はしているが実家や墓・仏壇は弟夫婦任せ、近年は電話だけで帰省もしていない。
「そうですか…私、お義父さんにもお会いしたかったです…」
「ふふ、飛び上がって喜ぶだろうねェ…ん、もう近いの?」
ナビの表示はだいぶん近くなってきた、しかし田舎故に目標物となるものが無く道が分かりづらい。
「そこの田んぼの、斜めを上に、………あれです、あの…家です」
「は……広いなァ……牧場じゃない…あ、あれ…お父さんか?」
坂道を上がって陽菜子の指示通り車を停めると、庭先で座っていた男性が立ち上がって帽子を取る。
「お父さん、ただいまぁ!」
「あ、あの…初めまして、嘉島健一と申しますっ…あの、突然お邪魔してすみません、あの」
「聞こえんて。早よ入り、」
焦って降車して挨拶したものの、20メートルの物理的な距離はさっそく嘉島の心を打ち砕いた。
「あ、ハイ」
「すみません健一さん、あれでも喜んでますから」
「ほんとかよ…」
・
掛け軸が下がった床の間、大きな仏壇、見上げれば欄間細工が華やかで…昔ながらの日本家屋の仏間に通され、嘉島はキョロキョロと見渡して下座へ腰を下ろす。
結婚の挨拶に来た訳ではない。
ただの顔見せくらいのつもりだったのに、この部屋の雰囲気がそれだけでは済まなそうな空気を作ってしまっている。
「よぉ遠いのにいらっしゃったね、疲れたでしょう」
「はい、あ、いえ…兵庫は7年目なんですけど…県北はまだ来たことが無かったです…いいところですね」
「何も無いとこよ、やけんヒナコは早いとこ街へ出したんよ…まぁ、ワシと同い年の男連れて帰るのは予想外やったわ、ははは」
「いやもう…なんとも…」
「お父さん、あんまり健一さんを虐めないで」
にこやかな父親だが一緒になって笑って良いものかも分からない、嘉島は口の端を引きつらせながら陽菜子が置いてくれた茶を啜った。
「これもどうぞ、嘉島さん」
「あ、初めまして、嘉島健一と申します…」
茶菓子を出してくれた母親は穏やかそうで、陽菜子とそっくりで…非常に親近感が湧く女性である。
「お話はヒナコからちょくちょく。大切にして下さってるみたいで…よかったわぁ、」
「いやァ…なんと言っていいか…」
しどろもどろになりながらも挨拶ミッションを完遂、嘉島はやたらと茶を飲んでは愛想笑いで口を震わせた。
しばらくすると実家を継いだ陽菜子の兄が顔を出し、こちらも愛想良く挨拶をしてくれる。
彼女は4人兄妹の末っ子で、この兄と、更に上に双子の姉2人がいるらしい。
「さて…そろそろお暇しようか」
「はい」
元々、これといった用も無いのでしばし談笑しては昼前には新庄家を出ることになった。
「元気でな、ヒナコもまた来ぃね………ちょい、嘉島くん…」
車に乗り込む前に新庄父は嘉島を呼び止めて肩を抱き、
「おい、早めに子供作れや、早よせな…抱っこもおんぶも体が保たんぞ、な、」
と囁いて離してくれた。
「…考えておきます…」
「おう、気張れや!」
「じゃあ、失礼します…」
新庄一家に手を振られ、嘉島はまた坂道へ車を出して道なりに降っていく。
「みんな気さくでいい人たちだねェ…楽しかった。よし……次の目的地をナビに入れてくれる?ヒナちゃん」
「はい……あの、最後、父に何か言われてませんでした?」
2人のやり取りを眺めていた陽菜子は、車内で不思議そうな顔をして尋ねる。
「ん?んー………早く子供作れってさ…体が元気なうちにね」
「えっ…そんなことを…すみません、失礼な父で…」
「いいよ、同級生だから包み隠さず言ってくれたんだよ…ほんと…早めに仕込もうかなァ…ヒナちゃん、」
ナビを触る指をちょんと触れば陽菜子はバッと手を引っ込め、
「へ、あ、まだ、あ、」
と照れてしまった。
「嘘だよ、でも…まァきっかけがあれば。作りたいよ」
「は、い…あの…待って…ます…」
「……まだ昼なのになァ…はァ」
緊張からの解放、嘉島はいつぞやの様に不用意に興奮を感じてしまい、遠くを見遣っては意識を散らす。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる