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9月・勇者は容赦ない
13.5
しおりを挟む9月中旬。
仕事終わり、嘉島は守谷フロア長・笠置唯コーナー長と共に食事に出た。
たまたま近くにいた白物・刈田美月と法人事業部の所長・清里潤も誘い、会社近所のファミレスで落ち合う。
今日のメインは黒物全体の事、棚卸しの手順確認、そして懇親である。
あらかた業務の話が終わると、守谷は「嫁のメシがあるから」とドリンクバー代に千円札を置いて帰っていった。
残った者はそれぞれ食事を頼み、雑談に花を咲かせる。
・
「話聞くって言ったきり時間経っちゃってごめんね」
嘉島が唯に副流煙を浴びせて以来、2ヶ月半が経過していた。
何やら思う気だった唯の相談を聞こうと話してから今まで、ついぞその機会が訪れていない。
「いえいえ、もう忘れてました」
「…あれから笠置さん、接客態度が少し変わったからさ、何かあったのかと思って」
「あー、彼氏がね、まぁなんやかんやいい影響があって、接客態度を少し崩したり…してる感じで」
「そう、柔らかくなったような気がしたよ。いい付き合いなんだね」
「相性が良くって♡」
「今日は飲み会じゃないよ。女子がいるんだから下衆な話はやめときなさいよ」
「え、うちも女ですけど」
嘉島は眉をひそめて部下を牽制する。
食事が届いたので食べ始め、葉山青年の成長、新型TVの情報、仕事に関わる雑談をしながら時間が進む。
清里と刈田の方も盛り上がっており、数日後に控えた棚卸しに向けて鋭気を養えて良かった、と嘉島は感じていた。
「そういや、松井さんはヒナちゃんから離れたみたいですね。何か知ってます?」
話の流れで、清里がポツリと話し始める。
松井は美月と同じく白物の中堅社員、ヒナちゃんとはもちろん営業事務でレジ担当の陽菜子のことだ。
「うちのカウンターから、ヒナちゃんに付き纏う松井さんがよく見えてたんだけど、昨日も今日もさ、数分の暇でもあれば立ち寄ってたのに来ないからさ、振られたのかな。ユイ、トマトあげる」
松井はつい最近まで陽菜子に張り付いて付き合いたいアピールをしていたが、ここ2日急に大人しくなっていた。
美月がその話を受けて、続ける。
「あー、ヒナちゃんね、ここ最近彼氏のお試し期間だったみたいで、それが本決まりになったんじゃないかな?ちょっと、ユイちゃん、グリンピースは自分で食べて?ん、松井さん明らかに元気なさそうだったから、彼氏の存在を知っちゃったのかもね。チーフ、励ましてあげて♡」
「…俺に言われても……んー、棚卸しの後に、何か食事でもしようか、お疲れ会的なさ。松井くんに幹事を頼もう、得意だし」
「それいい♡」
「しかし、お試し期間って何?」
聞き捨てならない言葉を拾って潤が疑問を呈し、その質問にも美月が答える。
「なんかね、ヒナちゃんが告白したら、お試し期間を設けられたらしいの。最終日に結論を出すからって。でも期間中は全然構ってもらえないらしくって、ヒナちゃん寂しそうだった…」
「なにそれ、さっさと振ればいいのに。弄ぶね。オレ様系なのかな」
「どうなのかな?でも昨日とかヒナちゃんすごくキラキラしてたから、私、成就したんじゃないかって踏んでるの」
「そうかァ、ならいいね。松井くんはまァ、次があるよ。さァて、コーヒーにしようっと」
女子会の空気に耐えきれず、嘉島はドライに話を切り上げた。
・
「そういや、ヒナコはあのパンケーキ行ってきたらしいですよ」
食事があらかた済み、潤と美月がドリンクバーへ離席した時、唯がグリンピースをフォークで転がしながら嘉島へ話し出す。
「あァ、話題のやつ?松井くんが騒いでた…」
嘉島は爪楊枝を齧り、スマートフォンでその松井あての幹事打診メールを打ち始めていた。
「チーフ的にはどうでした?甘すぎやって聞きましたけど」
老眼のため画面を目から遠く離し、人差し指で1文字ずつ入力していく姿を唯はニラニラと観察し、ここぞとばかりに聞きたかったことを切り出した。
「あー、確かに、ひと口で充分だったよォ…」
「…ヒナコがはしゃいだでしょう?」
「そうだねェ…やっぱ今時の子だよね、食べる前に写真まで撮ってよっぽど嬉し………なに?」
うっかり発言に気付いて手を止めて、嘉島が目を白黒させる。
ながら会話はこれが恐い、慣れない作業中なら特に、だ。
「パンケーキ、ヒナコがはしゃいだでしょう?どんな服にしようかて深夜に連絡してきてね。誰と行くんかなー、思てたけど」
「かさ」
嘉島は言いかけて詰まり、
「なに、その…ちょっとおいで。…所長、刈田さん、ちょっと煙草吸いに出てるから!」
と、唯を店の入り口の喫煙スペースへ連れ出した。
「あの、さっきから何のこと言ってるの?」
神妙な顔をして尋ねる上司へ、
「パンケーキ、ヒナコが可愛かったでしょって話ですやん」
と唯はおちょくるように惚けて見せる。
「あのー、」
「えぇ?チーフも行ったんですか?」
大袈裟に驚いてみた彼女を睨んだ嘉島はひと言、
「……何が目的だい」
とドラマさながらに渋い顔をした。
「なにも…こない簡単に引っかかる思わへんから…」
こうも簡単に情報を引き出せた、笑いを堪えきれず唯の肩が震えている。
苛ついた嘉島は懐に手を入れ、
「はァ……ごめん、吸っていいかい?」
と一応お伺いを立てて煙草を1本トントンと取り出した。
「どうぞどうぞ」
禁煙中の唯から少し離れて嘉島はタバコに火をつけ、大きく吸って吐き出してから戻ってくる。
「…何で俺だって?」
「ヒナコが『アラフィフはどんな食べ物が好きか』って聞いてきたりしてたんで、近しい該当者にカマかけてみた次第で。2人の休みが被ってたし、社外なら分からへんけど、もし社内の人間ならチーフやろな、と」
「なるほど、休み予定は筒抜けだからね…ちなみに、その質問にはなんて答えた?」
「お茶と漬け物ちゃうか、って」
唯はいたいけな後輩からの質問に、想像だけで回答していた。
「…今どき、還暦でも肉食うよ…いや、年々漬け物が旨くなってきてるけどさ…」
「あと、『アラフィフでも子供作れるかな』って聞かれて」
ドキン、と嘉島は胸が痛くなる。
「………待って、変なこと吹き込んでないだろうね」
「もう枯れてんちゃう、って」
「まだ、枯れてない…勃つ。…はァー……迂闊だなァ」
「アイツ、たぶん生娘でしょ?あんま無茶せんとって下さいよ」
「しないよ、大事に育てる…生々しい言葉使うなよ」
「ヒナコ、腰弱いですよ」
女子同士ゆえに知った情報、これは真情報であった。
「………俺から楽しみを奪わないで…」
「もうキスくらいしました?」
「……まだしてないよ…やめようよ…」
「全部答えてくれますやん、何歳になっても恋バナ楽しいですね♡」
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「…次は、お酒が入った時にね…あ、あの服装、君のアドバイスか⁉︎えらく…ここ開いてた」
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「あのさァ、うちの子はそういう路線じゃないだろ……」
「したらちゃんと好みを教えたって下さいよ。うちは、夜会うんなら、脱がせやすいワンピースがええって提案したんやけど、蹴られてもうて」
「もういいよ!」
嘉島は灰皿に煙草を押し当てた。
こんな訳で、唯には二人の関係がバレたのであった。
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