壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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9月・勇者は容赦ない

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 松井からメッセージが来たようで、陽菜子はその文面を要約して読み上げる。

「…なになに、人数集まらず、パンケーキは私と二人、そのまま夜の買い出し行こう、的なことですね」

「フー……必死だね。用事ができたって断りたいけど、先約を反故ほごにしたら君が悪く思われるね。電話して説明しなさい」

「いえ、そもそもパンケーキにエントリーした覚えは無いんですよ…」

「君はそうでもアイツは約束したって思い込んでるからね。まぁ、彼氏でもないんだから食い下がれないだろ」

 恋人に促された陽菜子はしぶしぶ、スマートフォンを操作する。


「ふぅ…………もしもしー?あの、明日は用事があって希望休取ったので、行けません。で、夜もごめんなさい。今回はパスです。ええ。まぁ、はい。あー、」

 嘉島は煙草を大きくひと吸いし、背広から携帯灰皿を出して吸い殻を落とす。
 
 わざわざ電話にした事で、松井は逆に気を良くしたらしい…別の話題が始まっているようだ。


 思ったより長くなりそうだな、嘉島は陽菜子の車の運転席のドアを開けて、ジェスチャーで車内に入るよう促し彼女を座らせる。

 そして嘉島もそのままちゃっかり後部座席の中央で電話を見守り、面白くないので首に息を吹きかけたりしてみようかと思った。

 しかし松井に彼女のけしからん声が届いては癪なので諦める。


「……」

「ですからぁ、」

ダラダラと続く電話に嘉島も陽菜子もしょっぱい顔になって、電話を終わらせようと段々と彼女も語気を強めていく。

「えぇ、だから、最初から行くって言ってないです、用事があるんで。夜も、誰か他に来ますって。ええ、はい。………んー‼︎ですから‼︎彼氏とデートで!最初から行けないんです。え?3ヶ月前からいますよ!3ヶ月前から決まってたんです!そういうことで!おやすみなさい!……やっと終わった!お待たせしました‼︎」

「おつかれさん。強引に終わらせたね」

「いや、すごい食い下がるんで」

 松井は今になってガッツを見せたようだが、少し遅かった。
 
「あー、他の男との長電話を待ってるのはキツいな」

「すみません。でも文章のやりとりだともっと長引いてたかもしれませんね」

「だね。また妬いちゃったわ、ヒナちゃん」

 嘉島が目元をくしくしとさすると、

「えぇ…なんか嬉しー…」

恋人に妬かれたことを陽菜子は素直に喜ぶ。

「……は?ちょっと耳貸してよ」

「?はい、」

言われた通りに陽菜子は背中をシートにピタッと付けて、首から先を嘉島側へ伸ばす。

 心配になるほど迂闊うかつなこの娘は何の疑いもせず簡単に左耳を差し出すので、嘉島は唇を耳にピタとつけてゆっくりと囁いた。

「俺に抱かれるイメージ、しておいてね、ヒナ」

「ひゃっ!」

陽菜子は温かい刺激に首をすくめた。

 男は腕を回して彼女が逃げる前にその体をヘッドレストごとホールドし、顔を傾けて耳の外側、耳介じかいむ。


 拘束感と男の唇の感触、リップ音と吐息に翻弄されている彼女の有り様は愛らしい。

 凄まじい征服感に嘉島はたぎってしまい、陽菜子の鎖骨の窪みに指を落とすとピクンとその腰が浮いた。
 
「ひァっ…♡」

「……そろそろ逃げなさいよ。本当に食べちゃうよ、やばい」

 狼になりかけた嘉島はふうと身を引きつつ頬を後ろから撫でると、

「…逃げないですよ…」

と陽菜子はぽうっと応える。


「…ふん、明日、楽しみにしてるよ。夜まで空けて貰っちゃったし」

「…はい、晩ごはんも食べましょうね♡」

「………………そだね」


 そういうことではないのだが、説明するのも億劫になり嘉島はそれで良しとした。
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