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9月・勇者は容赦ない
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しおりを挟む「ヒナコ、昼間言ってた店ってチュウオウ町?」
松井は金庫室に近い管理職のデスクに座り、陽菜子に向けて尋ねる。
レジ部門以外のスタッフは金庫室には入れない規則なのでロッカー造りの壁越しの会話である。
ちなみに彼は図々しくも、殆どの女子スタッフの事を下の名前で呼び捨てにする。
「んー…」
金庫室からは気のない返事が飛んできた。
事務作業、特に計算中には話しかけてはいけない、それは作業が混乱するからだが規則上では金銭を扱う際には携帯電話の使用も禁止されていたりする。
「パンケーキですよ、人魚の。チュウオウ町の、三角の公園あるじゃないですか、あの近くみたいですよ」
スマートフォンで何か確認していた松井が、聞いてもいないのに斜向かいの嘉島に向けて喋りだす。
この日の昼間、レジカウンター内では市街地に新しくオープンした『はじける口溶け 人魚のパンケーキ屋さん』なる話題が出ていた。
レジのアルバイトの大学生は並んでまで食べてきたと言う。
特別な製法で焼いたパンケーキは厚みが5センチ以上あり、フォークを刺すとシュワシュワ~と裂けて、口に入れると泡がほどけるように溶けていくらしい。
「パン…あァ、話題になってたね。なんで人魚?」
「泡になって溶けるからじゃないっすか?」
「なるほど」
パンケーキに毛程も興味がない嘉島は、松井の方すら見ずに書類整理を続ける。
そんなことは意に介さず、松井は
「明日は僕休みなんで、夜にいつものメンバーで『松井会』する予定で。でもその昼間にパンケーキも行っとこうかって。ヒナコも休みだよね、なー、ヒナコ?」
と陽菜子に声を掛けるも返事は無い。
「僕ら」、「ヒナコ」、知らない人が聞けば間違いなく二人がカップルだと思える。
その言い方に嘉島は
「…へェ、いいね」
と淡々と返し、印鑑をケースに収めパチンと閉じた。
制服のベストを脱いだ嘉島はそれを椅子の背にかけ、壁際のハンガーラックから背広を取って荷物をまとめる。
背広姿になるといよいよ彼のホスト感が増すのはさておき、軽く息を吐いて立ち上がった。
「松井くん、退勤してるんだから、もう退店しなさい」
これは決してお喋りな松井に嫌気がさしたからではない。
「退勤(タイムカード打刻)後は速やかに退店(店から出る)すること」は従業員による不正・盗難等を防ぐ為、そしてサービス残業をさせない為に就業規則に盛り込まれているのだ。
調べ物や試験の勉強などにある程度は黙認してきたが、閉店後も用なく長々と居座るのは上長として注意せざるを得ない。
「えー、でももう終わりますよね?」
松井は食い下がるので、
「(この熱意をどうして女性に告白という形で伝えないのかねェ…)」
そんな思いを持ちながら嘉島は書類を持って金庫室の入り口まで進み、振り返って松井を見つめてみた。
「…何か、する事があるの?俺、立ち会おうか」
「!…いえ…」
親切な申し出のようで決してそうではない。
いい声で挑発された松井は少々たじろいだ後、
「じゃあ、失礼します。ヒナコ、メンバー決まったら連絡するわ。お疲れ!」
と、何事も無かった風に颯爽と出入口へ歩く。
「はい、おつかれさまです~」
今度は陽菜子から声が返ってきたが聞こえただろうか、扉はクロージャーによりゆっくりと閉められた。
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