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2月・勇者は大切ない
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しおりを挟む翌日、夜。
「もしもし、お母さん?あの、急なんだけどね、健一さんと入籍しようと思ってるんだけど……うん?違う違う、まだよ、うん…お父さんにも伝えて?うん…怒らないかな?……あそう?うん、だからまた挨拶に…うん、いいの?あそう…?代わる?……うん、じゃあ落ち着いた頃に。うん、うん、じゃあねー」
『プツッ…』
「な、なんて…?」
「はい、好きにしなさいって」
末娘の結婚報告の電話、さぞかし驚いたと思いきや陽菜子母は落ち着いていた。
「は…あっさりし過ぎじゃないか…?娘の結婚だぞ…?」
「もともとドライなのでこんなもんですよ、……ま、反対されるよりマシじゃないですか…日頃から連絡は密にしてますし、先月の旅行で顔見せはしてますし…仕事が落ち着いたらまた来てねって。良かった♡」
「俺、代わらなくて良かったの?」
「いいって」
「は…そう、分かった…」
事前の面通しが功を奏したか…嘉島はとりあえず首元からパタパタと風を送り背中の冷や汗を乾かす。
「じゃ、続いて健さんの方に」
「うん…まだ起きてるかな…ばーさんだからなァ…」
嘉島の母は施設にて充実した老後を送っており、父は鬼籍、実家は弟夫婦が継いで墓守もしてくれていた。
その母の携帯電話へ、嘉島がダイヤルする。
「もしもし、お袋?元気?……うん、元気よ……あの、さ、報告ばあって。うん……その、俺、結婚することになったんよ」
「!」
珍しく嘉島が方言を使っている、相手の言葉に引っ張られているのだろうか、いい歳の大人がもじもじとしているのも可愛い。
陽菜子はスマートフォンに耳を近付けて聞き耳を立てた。
『まァ、おめでとう……どげな方?』
「職場の部下やった子。歳は離れとるけどしっかりしとるええ子よ」
『まァあんたの歳なら大体年下でしょうに。おいくつくらいの方?』
穏やかな年配女性の声、お婆ちゃんというよりはご婦人といった雰囲気の、明るく優雅な話し方に聞こえる。
「今年22歳」
『………』
「お袋?」
『け、健一!あんた…そげな年端もいかんお嬢さんに手ば出してっ……セクハラまがいなことで無理やりこと進めたんやなかろうねっ⁉︎』
張り付いていた陽菜子も耳がビリビリするほどの甲高く大きな声、嘉島は慌てて
「ヒナちゃん、代わって」
とバトンタッチした。
「え、え⁉︎も、もしもし、初めまして、お義母さま。新庄陽菜子と申します、直接お伺いできずにお電話での報告になってしまって申し訳ないです」
『あァ?あ、……あら、あら…初めまして、健一の母です…』
嘉島母は次第にトーンダウンし、受話器から聞こえる若い娘の声色からその人柄を図ろうと落ち着いて話し出す。
『あの、本当によく考えてね?健一は…貴女のお父様くらいの年代でしょう?』
「はい、確かにうちの父と同い年みたいです」
『やっぱり』
「でも、その…頼り甲斐があって優しくしてくださいますし…普段から一緒に働いてましたので、年齢とかはあんまり気にならないです。仲良く暮らしていけたらなって思ってます」
今時のお嬢さんだろうが気取ってなくて意思がはっきりしていて…どうやら無理やりでも脅したりでもなさそうだと安心した嘉島母は、電話の向こうでふふと笑っていた。
『そう、そう……じゃあ、またお休みにでも会いましょう、私ね体は元気なんやけど遠出は辛くってね、結婚式とかもうちは拘らんから、二人の好きなようにするとええよ』
「はい、ありがとうございます」
『じゃあね、ヒナコ…ちゃん、ふふっ…また連絡ちょうだい、』
「はい、では健一さんに代わりますね」
『あ、ええよ、さいなら』
「はい、失礼します、………ふー」
それなりに緊張した陽菜子は、スマートフォンの画面を袖で拭って嘉島へと返す。
「ありが……え、もう切れたの?」
「はい、また会いましょう、結婚式は好きになさいとのことでした」
「息子そっちのけだなァ……まァいいや、うん」
両家とも結婚に対する自分の存在が薄い気がする…嘉島は目をパチクリとしながらふに落ちないといった表情で、しかしホッとした様子の陽菜子を見れば一仕事終わった達成感を感じた。
「健さん、お義母さんと話してる時、訛ってましたね」
「ほんと?やっぱり出ちゃうよなァ…無意識だわ」
「素敵ですよ、咄嗟の時は出ちゃうんでしょうか?」
「んな事もないかな…怒ったり焦ったりしてもそんなに…うん」
「また聞かせてくださいね、」
新たな一面も見れたし両親への報告もできたし、その夜の夕飯は実に美味しくいただけた。
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