壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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11月・勇者はしどけない

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 数日後、週末土曜日。

 客数が増える昼過ぎ、スタッフのイヤホンに緊迫した様子の守谷フロア長の無線が入る。

『葉山、新庄さん、例の投書のお客様がご来店や。ちょっと気にしとって』

 二人はそれぞれ対応中で、できればバックヤードへ下げてやりたいが店は生憎のピークタイムで替えがいなかった。

 修理対応中だった陽菜子を、同じくクレーム対応中の嘉島は説明をしながらも横目で見守る。


 数分後、配送カウンターの前にロリータスタイルの若い女性…怪文書の差出主・マコが現れ、フリーになった陽菜子の対面に立った。

「…!いらっしゃいませ、お伺いします」

「すみませぇん、あのぉ、前に意見メェル送った者なんデスけどぉ、読みマシたぁ?」

 文章に勝るとも劣らない甘ったるい喋り方。

 なるほど彼女は自身の喋り方を忠実に文章化できる力を持っているようだ。

「は…い、あ、読みました…よ」

「ぁれから、どぉデスかぁ?葉山サンと、仲良くしてマスかぁ?ここの店長サンからの返事がよく分かんなかったから、聞きに来たんデスけど」

「はぁ…あの、どうぞ、お掛けください…」

 マコは大人しく座り、陽菜子をじっと見つめる。

「まずですね、業務に関してなんですが、こちらは配送カウンターといいまして、販売担当から引き継いでお会計をさせていただく専門の部署になります。なので、私が葉山と特別何かあるとか、そういうことではないです」

「ぇぇ?ならなんで、マコは振られたのぉ?お客様は神様でしょぅ?アンタが盗ったんでしょぉ?」

 そもそも、聞いた話では葉山に元カノなんて居ないはず。

 語気を強めるマコに周囲は静まりかえる。

 これはイっちゃってるパターンか、しかしいかにお客様を傷つけずに納得させようか、陽菜子はグルグルと考えを巡らせた。

「あの…」

 困惑を極めた陽菜子がいよいよ言葉に詰まった時、

「付き合ってるわけ、ないでしょう、」

隣接の黒物売り場から葉山が接客を切り上げて割って入った。


「付き合うわけないでしょう、僕は新庄さんの事は良くていち同僚、最悪そこらのイモとしか思ってません。貴女含め他の女性も同様です。僕は年上で真面目でちょっと気が強いけど面倒見の良い可愛い方とお付き合いをしてます。僕のあらゆる初めては彼女に捧げましたから、元カノなんてもの自体が存在しないんですよ。そのうち結婚もする予定ですし、彼女以外の女性には正直興奮もしませんので、どうこうなるなんてことは考えられませんし有り得ません。連絡先は受け取らずにお返ししたはずです。妄想を楽しむのは勝手ですが、僕にそれを押し付けないで下さい、彼女以外はイモです……お客様がお待ちなので失礼します」

葉山は聞いている周りが赤面するほどの彼女への賛辞、同時に引くほどの他の女性への下げ発言をつらつらと述べた。

 そして颯爽さっそうと、引きつる女性陣の顔にも気付かず、どうにも気まずい空気を残して売り場へ戻って行く。

「な…ぇ…そんな…ぁ………」

 マコは項垂れて、肩を落とし、しかしそこからが酷かった。

 丸椅子を担いでカウンター内へ3個投げ込み什器じゅうきを破壊、止めに入った守谷の急所に膝を入れ、「うわぁん」と声を上げて出口へ向け走り去った。

「守谷くん!大丈夫か⁉︎誰か、通報しなさい!」

嘉島は股間を押さえてその場に倒れた守谷の背中を摩り、近くのスタッフへ110番を促す。

 カウンターの中では陽菜子が床へへたり込み、ビービーと電子音を鳴らし始めたレジの電源ケーブルへ手を伸ばしていた。

「新庄さん、当たった⁉︎平気か⁉︎」

「いえ、よ、避けました…腰が抜けちゃって…」

接客業でもこんな事が起こるのか、陽菜子は初めての経験に丸くなった目が戻らない。

「そうか…良かった……おい、守谷くん、死ぬな!」

「しにたく…ない…」
 
 マコが投げた椅子は1つはレジへ、1つは書類を置いた棚へ、もう1つはカウンター出入口の扉へヒットして床に転がっていた。


 そこからはもうてんやわんや、警察の聴取に管理職が付き合い人手が足りず、レジが止まったためカウンター会計が滞り、青ざめた守谷は起き上がっても「あかん…2人目欲しいのに…」と内股で男泣きをしていた。

 本部に連絡してレジの修理を呼んだり、捕まったマコの現場確認などで仕事にならず、嘉島は陽菜子に近づくチャンスも無いまま数時間が経過する。

 ちなみにだが、マコは想像と現実を混同化してしまい夢の世界に生きているらしかった。

 病名が付くなら罪にならないかも、と警察から後々言われて、守谷は更に落ち込んだという。
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