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11月・勇者はしどけない
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しおりを挟む11月初旬のある日のこと。
『テレビコーナーの葉山サンゎ、マコの会計を、なんで親庄サンにさせたんデスか?あの人がいるからマコと別れたんデスか?葉山サンがマコと別れてフリーになったからって、出しゃばりすぎぢゃないデスか?二人仲良くして、マコに見せつけたんデスよね、酷いと思ぃマス。地獄に落ちればぃぃのに。葉山サンの元カノ・マコより♡』
「…なんや、この怪文書は」
事務所のホワイトボードに貼り出された新着『お客様の声』を読んで、黒物コーナー長・笠置唯が率直な感想を呟く。
「ミツキ、ナニコレ?」
「見ての通りじゃない?葉山くんの元カノの僻み。まぁ誤字と小文字がうるさくて…義務教育の敗北ね…」
長机で昼食を摂る白物担当・刈田美月は唯に素直で辛辣な感想を述べた。
「本社メールやんか…この『親庄』ってのは、新庄って事か?わざわざ『おやしょう』で打って変換してんのか…。ハァ、葉山売りの伝票をヒナコがカウンターで引き継ぎしたんやろ?当たり前やんなぁ、そのためのレジ担当と売り担当やねんから」
「会計まで自分でしてると、売り場回らないしねぇ…」
「なぁ」
・
一方売り場。
配送カウンター奥の2台のパソコン前に陣取った黒物フロア長・守谷とチーフフロア長・嘉島もその件について話していた。
「あー、テレビとレコーダー買われた方か、はいはい、かいらしいお嬢さん、て感じの方」
「可愛いの?…危険そうな感じは?」
「いや、特に何も…あーでも病んでる系でしたかね。別の日にも来てたかな…、1回の買い物時間が長い印象はありますね。写真をパシャパシャ撮らはるんで、覗いたら値札やのうて葉山を撮ってましたよ」
守谷は流石の記憶力で、怪文書の主の特徴を上長に伝える。
「…守谷くん、それは充分危険じゃない…報告しなさいよ…」
守谷は話しながらも売上データを浚って部門の売上分析をし、同様に嘉島はカウンターで対応中の陽菜子を眺め、細く長いため息を吐く。
普通、名指しの投書が来ると身に覚えがなくてもドキッとするものだが、今回は中でも特殊な内容だ。
通常の業務を穿った見方をされた事に加えて同僚との仲を勘違いされ、しかも地獄などと脅迫紛いの文言。
さぞ気分が悪いだろう。
嘉島は陽菜子の対応が終わるのを待って、「新庄さん、ちょっとバックヤードまで」と連れ出した。
・
小物の在庫が積まれた長い廊下、バックヤードは空調も届かない冷えた通路である。
その中央の作業机の椅子に陽菜子を掛けさせて、嘉島もパイプ椅子を広げて座る。
「ごめん、お客様の声は内容に関係なく社内規則でボードに載せなきゃいけない。今回は本社のだから明確な答えが必要で…あと真偽確認とか…改善の指導もしなきゃいけなくて…。不名誉なことをさせてしまって、申し訳ない」
「いえ、あの、仕方ないです。チーフのせいではないので…あの方、カウンターではすごくニコニコされてましたけど…はははー」
「んー…一応聞くけど、内容は本当ですか?」
嘉島は畏った仕事モードの声で、部下への聞き取りを行う。
何につけても上長はこの形式上の聞き取りをしなければならない。
事実の有無など関係無く、だ。
『お客様の声』には2種類、エントランスの投書箱に直筆で入れるタイプと、ホームページの問い合わせフォームから本社へ送るタイプがある。
今回は後者、いわゆる『本社メール』というやつで、本社経由で各店舗に改善指示が来るため揉み消しも隠蔽もできないのだ。
あの怪文書も本社の人間が目を通し、「ここに書かれている両者は業務中にイチャついてお客様を邪険に扱ったのですか?」と指摘が入っている。
本社のそういった指摘に対して店長は回答をしなければならない。
とはいえ女性だしハラスメントに配慮しなければならないし、まずはと上長の嘉島にお鉢が回ってきたのだった。
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