壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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9月・勇者は容赦ない

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 顔を近づけた時の反応を見るに、陽菜子はそれほど経験は無いんだろうと嘉島は踏んでいる。

 男のことを解っちゃいない。

 「襲われたら」も具体的なことは知らないように思えた。

 だからこそこんなに無邪気なのだろうが本当に危機管理シミュレーションがなってない。 

 フェロモン云々ではない、自分の事を好いてくれる異性がいる、それだけで手を出す理由になるというのに。

 まぁ今更考えても詮無い、彼女は嘉島のものになる覚悟があるようだし。

「あァそうかい。一応信用してくれてるんだ…まぁ恋人になった事だし、急ぎでしたい時は言いなさいね。座席コレ、フルフラットにできるから」

「…はい。??」

「……」

「…」

「…」

「……………………………!!!何言ってんですか!!!」


 面から火が出るほどに恥じらう陽菜子を見て、嘉島は悪そうにケタケタ笑う。

「冗談だよ。こんな所ではしないから安心しなさいよ。オジサン腰痛めちゃう」

「…結構、過激な事言うんですね」

「過激か…幻滅した?オジサンを舐めちゃいけないよ、それなりに色んなこと経験してる。去年の忘年会の管理職席見た?あのおしぼり芸、俺が作ったんだよ」

嘉島は年相応に皺を拵えて楽しそうに笑った。


「………?」

「帰ってから調べなさい」

「……?」

変なことなんだろうな、彼女は紅潮した顔を手でパタパタと扇ぐ。

「ヒナちゃん、俺はね、松井まついの事どうこう言える程できた人間じゃないんだよ。卑怯で臆病で、君が俺の事好きだ、自分の方が上位だ、って保証があるからこんだけ苛めたり意地悪したり上からモノ言ったりできる。自分から告白なんてできない小心者だよ。君への気持ちを自覚してからも今日まで伸ばしたし」

「知ってます」

「…うん、人間関係とか絶対じゃなくていつか終わりがくる、そういうもんだと思っててね。転勤と引っ越しばっかで土地に、地元にさえ拘りが持てなくてね。ここはみんな良い人だし、気候も良いし、年取ってこれから知らない土地に行くのが怖くなってきてね。北国の方で副店長職の空きが出たって打診を受けて、慌てて地域社員に変更かけたんだよ。ついの住処も買った。このままこの地で、近隣店舗を回りながらひとりで老いていくって腹を括って……そのつもりだったのに。君っていう恋人ができちゃったから、俺はまた失う事を念頭において生きなきゃいけない。しんどいよ、まったく」

「私のせいにしないで下さいよー。独身も拗らせるとこんなになるんですかね。私は、離れるつもりはありませんよ?もちろん健一けんいちさんにも幸せになって欲しいですけど、私を幸せにしようって考えたらいかがですか」

「なるほど。そうか…相手の事を考えてなかったな…でもさ、よく考えてよ。俺、長くてもあと30年くらいしか一緒に居られないと思うよ?」

「…寿命はわからないですよ。ふふっ、百歳まで生きて頂けたら、50年は一緒です♡」

「ポジティブだなァ……ぉ、」

 嘉島は時計を確認し、

「…そろそろ遅い、帰ろう。外から開けてあげるから、それ羽織って。あと、ごめん、髪が乱れてる」

と、陽菜子が手に持ったままの上着を着るように伝え、先に降りる。


 外はもう冷える。

 嘉島は我慢していた煙草を軽く一服した後、くわえたまま助手席のドアを開けてやった。

「アイツから連絡は来てないの?」

「まだですね」

先に髪を直した彼女は、上着の袖がもつれて上手く羽織れず、モゾモゾしながら返事をする。

「明日はまるまる空いたわけだけど、パンケーキ行く?」

「もう、行かないですってば」

「違う、俺と」

「え?行きますよ!行きます!健一さんもパンケーキお好きですか」

やっと袖に手が通った陽菜子の顔は華やいだ。

「…別に?君が行くなら付き合うってだけ。ひと口で充分だよ」

「やったぁ♡分けっこしましょうね。そこ、コーヒーも美味し」

『♪~』

「「あ」」


 降車した彼女が車を解錠したちょうどその時、短い着信音が鳴る。
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