壮年賢者のひととき

茜琉ぴーたん

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9月・勇者は容赦ない

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「おつかれさま」

素っ気無くそう言うと嘉島は歩き出す。

 固めた髪をクシャクシャと少し崩して、両手をスラックスのポケットに突っ込むとぐっとアウトロー感が増し…

「あ、」

陽菜子もその後を付いて歩く。


 店の周囲は中小企業のオフィスや工場が連なり、この時間になれば人気が無い。

 金属フェンスに囲まれた広い駐車場に車は2台だけ、市道の街灯がパステルブルーの軽自動車と黒のミニバンを照らしていた。
 

「あの!」

 陽菜子が数歩後ろから呼びかけるが、嘉島は立ち止まらず応える。 

「なァに?」

「怒ってますか?」

「…自覚があるのかな」

「いえ、その…コーヒー、とか…」

「あァ、松井くんがみついでくれたコーヒーね」

「……」

 店舗から100メートルは離れた所に、間に駐車スペース1つ挟んで二人の車が並んでいる。

 嘉島は2台の間の空きスペースに入り、フェンス寄りの車止めの手前でやっと立ち止まった。

 陽菜子もおずおずと背中を追って近づくと、両者の車に挟まれた袋小路で彼が半身振り返り、流し目で彼女を睨みつけ…唐突に口を開いた。


「パンケーキ」

「え」

「パンケーキ、アイツと行くの?天使だか悪魔だかの泡の。明日、希望休だろ?確定メンバーだそうじゃない。そのために休み希望を出したの?」

嘉島が静かに息巻き、その言葉の端々には毒気が混じる。


 ところが陽菜子は嘉島と正対して

「人魚です」

と訂正した。

 彼女は案外怖いもの知らずである…それとも毒が効かないのか。

 水を差された嘉島の目元がピクピク疼くも、陽菜子は構わず続ける。
 
「明日…は……彼氏が会ってくれる約束だから…そのために取りました、けど」

「…けど?」

「たぶんこの様子だと、すぐ用事が済んじゃうので、終わり次第松井さんの方に合流します。買い出しとかして、夜の部も。先輩方の話は面白いし、持ち寄りご飯は美味しいし…ここ3ヶ月、予定を空けてても何にも…ありませんから。知ってるでしょう?人と一緒に居ると気が紛れますしね。松井さ」

「ヒナちゃん」

 不意に名前を呼ばれ陽菜子は顔を上げるも、嘉島の顔を見るや表情が固まった。

 懲りずに出てきた明日の予定と、繰り返される松井の名前を聞くや否や、嘉島は刺すような目つきになっていたのだ。


「彼氏の用事がそんなに早く済むかな?遊んでくれないからって、気の無い男とデートか。『松井会』結構だけどね、アイツだって男だ。部屋に二人きりなら臆病なヘタレもいよいよふるうだろう。無理矢理サれたらどうする」


 彼女は“サれたら”が何を示しているのか分からず、しかしすぐ察して赤面する。

「っさ、されたりしないです…大体、二人きりにはなりません。ご存知でしょうけど、合コンみたいな集まりじゃないです。レクリエーション…健全です」

「んー、どうだか。騙されて君しか呼ばれなかったらどうだ?警戒心の無い君の事だ、二人きりになってもピンとこないんだろうけどね。たまたまでも君みたいのと二人になったら、あの童貞も紳士じゃいられないよ」

松井を童貞呼ばわりした嘉島は彼女と目を合わせたまま、両手をポケットから抜いてゆらりと接近する。


 表情を変えずに一歩、少し目をしかめて一歩。

 右手をサイドミラーに掛け、意識がそちらへ向いた隙に最後の距離を詰める。

 左手を車体について、壁ドンならぬ車ドンで彼女を囲うと、陽菜子は仔ウサギのように口元をビクつかせた。


「そんなにアイツのとこにイキたい?」

嘉島は少し身を屈めて、歯を食い縛り、彼女の右の耳元に鼻をぴっと付けて怪訝けげんそうに、でも奥底で笑んでいるような声で訊ねる。

「…!」

かせたいのかなァ。悪いだね」

「ぁ」

「明日、何の為に休み取ったんだっけ?今、自分が誰のオンナか、忘れちゃったのかなァ」

 嘉島の甘い声が骨に響いて陽菜子はくらくらとして…逃げ遅れた耳と首筋に吐息がかかり、悲鳴も上げられず身悶みもだえた。


 可哀想に仔ウサギはぶるっと震えた拍子に彼の唇が首に触れ、後退りした尻が車のドアに当たり、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。

「…っ…げんいぢざぁんっ…!」

 上気した彼女は首を押さえ潤んだ瞳でやっと抗議するも、嘉島が彼女の前にしゃがみ込むとさすがに警戒し勢い良く仰け反って、結果車のドアで頭を強打した。

「アふ…いだぁい…」

 苦悶の表情と間抜けな声がミスマッチで嘉島は吹き出しそうになり、

「ごめん…ヒナちゃん。ここまでする気は無かったんだけど。にしてもピタゴラ装置みたいだったなァ。大丈夫?」

とニラニラ笑う。 
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