壮年賢者のひととき

９月・勇者は容赦ない

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　兵庫県のとある家電量販店の22時。

　閉店時間は21時にもかかわらず、出入口とエントランスを見下ろす入り口のレジ・通称メインレジはまだ稼働していた。

　理由は簡単、本日の最終のお客様がまだ店内にいらっしゃるからだ。

　残業時間を減らせ、節電しろ、周辺環境への配慮せよ、とは本部からの指示である。

　なので21時に看板照明を消し、管理職は残業上限を超過しそうな社員を既に帰らせ、その管理職さえも退勤してしまっている。

　ただ一人を除いては。


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　レジスタッフの替わりにメインレジに入りかれこれ１時間。

　チーフフロア長兼レジ部門フロア長の嘉島健一かしまけんいちはまだそこに立っていた。


　男盛りも終盤の47歳…随所に年齢が出始めたが、元より端正な顔立ちに都会的な大人の色香が漂う。

　制服でぴしと立つ姿は気品と凛々しさ、貫禄と哀愁を帯び、まるで歴戦のホストの様だと言う者もいた。

　出身は九州、進学と就職で関西・関東へ移り住み、今の会社に転職してからは数年ごとに北へ南へと転勤を経験した。

　この地域に赴任してかれこれ８年になるが、未だ言葉は標準語のままだ。

　淡々とした喋り方だが不快でなく、鼻濁音気味の鼻に抜ける声がハンサムで、若い社員はそれを“イケボ”と称す。

　中途採用からの叩き上げで、管理職になってすぐはギラギラとしていた時期もあったが、今は適度に力を抜いて話しやすい上司として慕われているようだ。

　そんな高い好感度の反面、喫煙所や閉店後に時折見せる鋭い眼差しが「とんでもない毒をもっているのでは」と噂されていたりいなかったり。

　一時は婚活もしてみたが最良のご縁には巡り会えなかった。

　ただプライベートは充実しているし仕事はそれなりに楽しい。

　チーフフロア長は店長・副店長に次ぐ役職で、年齢的にも体力的にも精神的にも今以上の出世は望んでいなかった。


　さてそんな暇を持て余した嘉島のイヤホンに、

『チーフ、お客様をお出口までお送りします』

と、接客に付いていたPC担当・成田からの無線が入る。

　レジではなくお出口まで、とはつまり未成約ということだ。

「はい、階段までお送りして、あとは俺が」


　レジ前で見送りを引き継ぎ、店内奥に引き揚げていく成田から、更に無線が入る。

『決めかねるそうです。名刺渡しときましたんで、あがります』

「うん、分かった」

客前なので嘉島は端的に応答した。

　最後のお客様は手ぶらで済まなそうな顔をされるがこんなのは日常茶飯事である。

　当たり障りのない気候の話などしながら出口までご一緒してお見送りし、施錠する。


　そこで嘉島は「あァ、」と呟き、会社支給のガラケーを操作した。

「もしもし、成田くん、さっきはありがとうね、まだ事務所にいるかな？あァ、ゴメンなんだけど、退店するときにフロアー照明と空調と、あとBGMも切ってもらえるかな？メインレジ残して、うん、ごめんね、ありがとう。お疲れさま」

通話を終えてレジに帰着、ひとり精算作業に入る。


　作業を始めて５分経った頃、店内BGMが途切れてエアコンの風の音が止んだ。

　売り場のLED照明がブロックごとに順番に消え、お願いした通りレジの上だけ明かっている。

　レジ上げを完了して売上金を持ち運び用の小袋に移し、小脇にしっかりと抱え、ただでさえ夜目が効かないところにフロア照明も消え

「おっと…」

などと呟いては、商品の島に気をつけながら静寂の中を歩く。


　“staff only”の扉からバックヤードを抜け、階段を上がれば一層小銭がチャリチャリと打ち合った。

　明日は休みだが…やる事を頭で整理しながら嘉島はため息をつく。