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2023
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しおりを挟む用事を済ませて、お土産を貰い、私は自転車を漕いで消防署の前へと舵を切る。
残念ながら訓練はしていないようだったが、遼平さんの近くに居るというだけで胸が高鳴るからそれで良い。
「(居ないかぁ)」
何となく気にしながら通過してると、カラカラと建物の高い方からサッシの開く音がする。
「あずちゃーん!」
「……あ、遼平さーん!」
ちょうど廊下を通っていたのかあそこに作業部屋でもあるのか、小さな窓から愛しの彼の顔が覗いた。
「おつかいー?」
「うんー、これから、帰るとこー」
「気を付けなねー、またねー!」
「うーん!頑張ってねー!」
バイバイと大きく手を振って、遠目に分かるように歯を見せて笑う。
嬉しい、こうして会えるとかなんてご褒美。
早く一緒に住みたいな、塀の陰に入ると遼平さんからはもう見えなくなっただろう。
ここを歩いてて遼平さんに声を掛けられて担がれたなぁ、いつ通っても思い出す。
「ふふ……帰ろ」
さていつまでも浸っていられない。
よいしょと踏み込んで横断歩道を渡ろうとしたその時、
「あ、ねぇ、お姉さん!」
と男性の声で呼び止められた。
ここはかつて遼平さんと感動の再会をしたときに声を掛けられた場所、でもその声は彼のものとは違う。
でも私の頭は反射的に声の方へと振り向いており…そこには作業着の邑井が立っていた。
「あ、と」
「お姉さんさ、防災訓練の時に居たでしょ。コケて運ばれてた」
「そ、ソウデスネ」
「さっきあいつと話してたけど、あいつ手が早いから気を付けてよ。あいつ遊び人だから、誰にでも声掛けるの」
「ハァ」
嘘ばっかり、変な遊びに連れ出してたのはあんたじゃないか。
処女と違って童貞は証明のしようも無いけれど、遼平さんは私が初めてだったと信じている。
胸糞悪いな、離れたいと思ったのだが目の前の横断歩道が赤信号になってしまった。
「俺さ、あそこで元々消防士してだんだよ。あいつはナヨナヨしてっから、俺らでシゴいてやったんだ」
「ヘェ」
「俺が先輩として、色々教えてやったんだぜ」
「ホォ」
目を合わせず生返事、私が迷惑していることも邑井は察しない。
だいたい、なぜ私は捕まっているのだ。
自分アゲ遼平さんサゲの話の、どこに面白味があるのか。
窓越しの逢瀬を見られていたとは予想外、邑井は防災訓練をキッカケに私たちが結ばれたと勘違いしているみたいだ。
もう帰りたいなぁ、
「それを、私に言われても」
とペコリ頭を下げた。
しかし邑井は察しない。
「だから、あいつ、青木はロクな奴じゃないから。そんだけ!」
「ソウデスカ」
「デブ専だし。すんげーデブにも声掛けて、訓練だっつって抱き上げてたんだぜ?見境ないから。お姉さんも騙されてるよ」
そのデブは私のことだ。
色々と失礼過ぎて顳顬にピキピキ来る。
「騙されてません」
「アイツ、マジでデブでもブスでも誰でも良いんだって、お姉さん、青木だけはやめときなって」
どうしても遼平さんを下げておきたいんだな、可哀想な人だ。
この人の中では、「情けない後輩がナンパ成功しててぐぬぬ」みたいな状況なのだろう。
私が遼平さんを嫌いになったとしても、邑井に寝返ることなど無い。
人を悪く言う人には惹かれない。
遼平さんは、酷い目に遭ったのに邑井たちには最低限の敬意を払いボロクソには言わなかった。
憎いだろうに、辞めて行った先輩たちのことを爽快そうには語らなかった。
私はそんな良い人な遼平さんが好きだから、邑井なんて目じゃない。
「あの、遼平さんは悪い人でも遊び人でもありません。彼にも私にも、これ以上関わらないで下さい」
そう言って横断歩道を渡ろうとしたところ、邑井の馬鹿力にぐいと腕を引っ張られた。
「っきゃあ!」
「何なんだよ、青木ばっかり」
「離して!」
「アイツ、何でも言うこと聞く馬鹿だぜ?知ってるか、フーゾク行っても勃たねぇヘタレだぜ!」
「それの何が悪いんですか‼︎私でちゃんと勃ちますから余計なお世話です‼︎」
我ながら変な宣言、頭に血が昇って卑猥なことを口走ってしまった。
カァと顔の温度が上がるのが分かる。
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