上 下
3 / 77
2018

3

しおりを挟む

 数日後、前回と同じくらいの時間帯にお使いから帰っていると、消防署から青木さんが出て来てこちらに手を振った。

「え、私?」

「こんにちは、もう日中は暑いくらいですね」

5月の陽気で訓練してたら汗もかくでしょう、駆け寄った青木さんは爽やかに額を手で拭う。

「そう、ですね」

「あ、警戒しないで下さい。もうあんなことはしませんので」

「はぁ」

「…でも出来れば、抱っこさせてもらえると助かります」

「はぁ、私で良ければ」

 急いでないし何の損も無いしなぁ、私は直立して彼を待った。

 そして今日は手ぶらなのでキューピー人形のように腕を少し広げる。


「すみません」

 青木さんは膝を曲げて、ひょいと私を抱き抱えた。

 脇の下に腕を前回よりも深く差して胴を抱くように、丸太を持ち上げるように背中の後ろで腕をロックして。

 当然だが私は彼の体にぶにっと密着せねばならず、顔同士は前回よりも近かった。

「……」

「すみません、ありがとうございました」

またゆっくり私を降ろして、青木さんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「あの、これは業務でしてるんですか?」

 私としては斬り込んだ質問だったのだが、青木さんは「いえいえ」と手を顔の前で振った。

「ただの、休憩中の遊びみたいなものです」

「公務員ですよね、良いんですか?市民を使ってそういうの」

「あっ」

青木さんはハッとして、勢い良く頭を下げる。

 署の敷地内には、前と同じように数人の隊員がこちらを窺っていた。

 私はどちらかといえば、彼らの方に苦言を呈したいのだが…青木さんはあくまで自分が矢面に立つつもりらしい。

「申し訳ございませんでした!以後、気を付けます!」

「……はぁ、では」


 馬鹿なのかな、残念ながらそう思った。

 大志を抱いて人命救助の道に進んだのだろうに、こんな遊びをしていて良いのか。

 休憩ならお好きにとも思えるが、緊急出動要請が掛かればすぐにでも出て行かねばならないのに…たるみすぎではないか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界の皆さんが優しすぎる。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:6,120

真理の扉を開き、真実を知る 

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:11,800pt お気に入り:4

不倫して頂きありがとうございます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:32,560pt お気に入り:364

気弱な令嬢ではありませんので、やられた分はやり返します

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,623pt お気に入り:2,059

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:954

追い出された妹の幸せ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,445

三親等

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:1

処理中です...