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2018
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しおりを挟む「すみません、お時間よろしいですか」
そう聞かれて、私は声のした方へ振り返る。
「あの、すみません、お願いがあるんですが」
そこには困ったように笑う、屈強な男性が立っていた。
「はい?」
「その、担がせてもらえませんか?」
「は?」
「お体を、担がせてもらえませんか」
よくよく聞いても、余計に「はい?」だった。
ここはオフィスビルが立ち並ぶ街の一角で、駅前通りから一本入ってはいるが人通りもある場所だ。
片側一車線の道路と信号機付きの交差点があり、バス路線ではないので車はスイスイと走り抜けて行く。
そこを歩く私は舞岡梓・20歳。
近くのビルで働く事務員で、部長のお使いから帰るところだった。
「持ち上げて…いえ、抱き抱えて、降ろすだけなので、お願いします」
「え、嫌ですけど」
「ですよね…」
そうは言うが、彼は私から離れない。
身長は180は越えているだろう、155センチの私が見上げて首が痛いくらいだ。
黒いTシャツは厚い胸板でパツパツに張っている。
腕だって首だって、まさに筋骨隆々といった感じだ。
下はオレンジの作業着っぽいズボン、私はそれと現在地の関係に気付いて
「あ、消防の方?」
と聞き返した。
ここは消防署の前で、シャッターを開けた建物の中には救急車と消防車が数台並んでいる。
男性は慌てて
「す、すみません、自分は西署の青木と申します!すみませんが、お体を担がせていただけないでしょうか!」
と改めて言い直した。
「意味分かんないんですけど…ドッキリか何かですか?」
「いえ、そういうものではないんです!むしろ、自分の方の事情でして」
署の入り口には、数人の隊員が立っておりこちらを見ている。
彼を止めないということは、彼らが指示を出してやらせているのではないかと直感的に思った。
つまりは扱き、もしくはイジメ。
見たところまだ若そうなこの隊員さんは、あせあせと困っているのに笑みを絶やさない。
「あの、担がなきゃ帰れないんですか?」
「…ぶっちゃけ、そうなんです…すみません」
「重いけど、良いんですか?」
私はお使い先から頂いたお饅頭の袋をしっかり握って、男性に正対した。
悲しそうに、でも嬉しそうに、男性は
「ありがとうございます」
と私の脇の下に手を差し込む。
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