今宵も、麗しのボスとパーティーを。

茜琉ぴーたん

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4月

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 なんだかやってしまった、勢いに任せてひとり暮らしの女性の家に約束も無しに飛び込んで…不審極まりない、恐すぎる。

「ヤバい、僕、変な奴だ、あ、」


 言えば良かった、石柄が貴女の名を挙げた時に血が滾ったと。

 軽々しく貴女の体を見世物にしようとする奴をどうにかしてしまいそうだったと。

 「部下としてか」と聞かれた時に「ひとりの男として心配しているのだ」と。

 松井は自分の部屋に入ると、ベッドへダイブして額をシーツへ擦り付けて悔やんだ。

 あぁ、自分は性懲りもなく、気が合うからという理由で女性を好きになってしまった。

 手が届きそうだから、親しくしてくれるから、そんなのは自分が彼女の部下だからに過ぎないのに。

 なのに玉砕もしたくなく誤魔化した、振られて今の関係が壊れるのが嫌だった。

 陳腐でありがちな動機、仕掛けておいて尻尾を巻くという臆病さ、それを奈々に見せてしまった後悔と恥ずかしさ。

 地盤を固めて成功率を高めてから恋に発展させるのが常なのに、恋愛対象と自覚する前に身体が動いていた。

 彼女への想いを恋愛感情だと考えればこの環境での生活はなんと楽しいことか、駆け引き、探り合い、ドラマのような展開があったかもしれないのに。

 いつだって用意周到な自分がノープランで特攻して、案の定敗走するという情けなさ…明日も仕事だというのに、松井はがっくり項垂れてそのまま寝てしまった。



 一方、松井が自宅へ入ったのを確認して施錠した奈々は、静かに階段を上がって途中にしていたご飯の仕込みを再開する。

 余った野菜の端を細かく刻んで出汁と一緒に釜へ投げ込み、醤油を軽くひと回しして予約炊飯をセットした。

「……松井くん…いや、そうなの…?」

確かに仲は良いし気は合うし、食卓を囲んでいればこざっぱりとした夫婦の様な感を覚えることもある。

 自分は上司だし年上だし、彼好みの女子ではないとタカを括っていたがそうでもないのかもしれない。

 しかし「部下として心配してるのか」と聞いて「違う、男としてだ」と言ってくれれば進展があったのに、こっちも「考えさせて」と焦らして数年ぶりのロマンスに浸る愉しみも生まれたのに。

「うーん…お手頃だと思われたのかしら…」

手の届きそうな女性、自分から告白などできない男が好くということは「勝因あり」と見込まれたということか、だとすれば癪だと奈々は不満顔になる。

 高嶺の花とまでは言わないが、奈々はその強気な容貌故に強気な男性に好かれる傾向が高いのだ。

 奈々を囲う自信があって、ワイルドで、「抱いてやる」と言わんばかりの雄ライオンの様な男たちとこれまでは交際してきている。

 それが松井のような、女性への自信に欠けて決定打を打てない日和見ひよりみの優男に好かれるとは…奈々はシンクを片付けながら口を尖らせた。

「なによゥ…男らしくスパッと言ったらどうなの…でも私の勘違いかしら…うーん……あ、」

 後は寝るだけというのに、奈々は寝室へ入るのを躊躇ちゅうちょしてしまう。

 若干のズレはあるがこの下は松井の寝室のはず、いつもベッドへ身を投げる音も響いていただろうかと気付いたのだ。

 それどころかリビングをパタパタと歩く音や階段の音、シャワーやトイレの水音だって筒抜けなのでは…途端に奈々は顔を真っ赤にして日々の行動を省みる。

「(足音…うるさくないかしら?ガサツな女だって思われてたり…階段を落ちた時だってドスドス響いたわよね…やだ、恥ずかしい)」

 奈々はゆっくりと静かに扉を閉め、そうっとベッドへ上がり布団へ入った。


「(この前ひとりエッチしたりしたけど…モーター音って響くんじゃ…ぎゃあァ…)」

 そんな些細な生活音は響きはしないのだが、この日から奈々はとても動作がしなやかになり階下の松井を意識するようになる。
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