今宵も、麗しのボスとパーティーを。

茜琉ぴーたん

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3月

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 翌日も松井が送迎し、彼が休みの日やシフトが合わない時は奈々はタクシーを使うなどしてどうにか1週間を過ごした。

 軽めだったので10日も経たずに治癒したようで、松葉杖も医院に返却し普通に歩けるようになった。


「松井くん、明後日休みでしょ?お礼したいから明日の夜うちに来ない?お酒呑も♡」

「はぁ、いいですけど…何か作って行きましょうか」

 明日は早番、ならば今夜から食材を仕込んで準備しておくか…朝のバックヤードで話しかけられた松井は、早くも帰りの予定に買い物を追加する。

「そうね、お酒に合いそうなもの、ひと品お願い♡」

「他に…誰か呼びます?」

「え、うーん、任せるわ」

奈々はそう言ってウインクを飛ばし、売り場へと出て行った。

「………」


 含みはあるまい、「任せる」と言ったのだから他者を誘っても良いのだろう。

 何か試されているか、一般的にはどうなのか、松井は珍しく険しい眉毛で売り物の洗濯機を磨く。

「どうしたの?汚れでも付いてた?」

同じ白物担当の刈田かりた美月みつきいぶかしげに松井を覗き込んで尋ねた。

 彼女は販売専門の契約社員で、松井と身長がそう変わらない上にヒールを履いているので若干見下ろされている。

「いや……あのさ、変なこと聞くけど……まぁまぁ仲いい異性に…お礼の食事に誘われたらさ、……その……他の人って誘わない方がいいよね?」

「え、いつもの『松井会』じゃなくてってこと?個人的なお礼が含まれてるんなら二人きりがいいんじゃないの?」

「でも、他の人を誘うか聞いたら『任せる』って言われちゃって…どうしようかなって」

松井は雑巾を持った手を止めて、それでも悩んでない風にすまして見せた。

「それ、相手の方も答えようが無かったんじゃ…『OK』だったらただの食事でしょ?『NG』だったら下心があるって思われちゃうじゃない…てか、松井さんが『他の人』の選択肢を出した時点で相手の方は脈無しと思っちゃうんじゃ…」

「いや、恋愛とかそういうんじゃなくて…」

「分かんないじゃない…何のお礼か知らないけど、わざわざ誘ってくださるなんて恩を感じてるってことでしょ、フろ……そのままの意味で、松井さんだけ参加すればいいと思うわ……あ、いらっしゃいませー!」

そこまで言って、美月は平日朝の貴重な客を見つけて捕まえに行く。

「うーん、」

はて何か引っかかるものがあったが松井は気にせず、店内に増え始めた客を次々と捌いていった。


 松井が僅かに覚えた違和感、それは美月が彼の話に出てくる相手を明らかに特定している、「フロア長」の「フロ」まで出ていたということなのだが妙なところ鈍い彼は気付かない。

 彼の異性へのアプローチは主に接近で、親しくなって土台を固めてから…というものである。

 ここ数日の松井と奈々の関係もそれなのではないかと美月は踏んでいたのだ。

 以前はレジの女性を待ち伏せていた、その前は携帯電話コーナーの派遣さんだったか。

 やれやれ次は上司にか?と気づいた者は松井のここ一番の度胸に震撼していたのだが本人は当然そんな意識は無い。

 松井と奈々が同じアパートに住んでいることが広まっていないので、事情を知らぬ者から見れば「怪我した女上司に甲斐甲斐しく仕える部下(下心あり)」と捉えられていた。

 もっとも、美月はこの後彼らと同じ棟に住む同僚・知佳ちかから「松井と奈々が同じ住所」だと言うことを聞いて考えを見直すのだが、それにしても二人のことを良い雰囲気だと感じたのは事実なので自らの発言を撤回することまではせずにおくのだった。
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