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2月
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しおりを挟む「カッコいい車ねー、どこ乗ればいい?助手席いいの?」
「どうぞ、頭打たないように気を付けて下さいね」
会がお開きになり、松井は駐車場の自分の車へ奈々をエスコートした。
松井の身長は165センチくらい、パンプスの奈々の隣へ立てば随分と体格の差が目立つ。
「いやァね、そんなドジしないわよ」
「僕でもたまに打つんですよ、閉めますね」
この車にはドライブや各種送迎で様々な人を乗せてきた。
同僚だったり後輩だったり、上司だったり。
希望が無い限り大体助手席へ乗せるのだが、酔った奈々の存在感と放つフェロモンは夜とはいえ中々に目立つ。
去る直前に別の管理職が窓を叩き「送り狼になるなよ」とふざけて助言するほどには周りもあてられていたようだ。
「ごめんね、お酒臭くて」
「大丈夫ですよ、僕も強い方ですし…空気で酔ったりはしませんから」
「あは、空気で酒気帯びは無いかァ、キスでもしたら分かんないね、ね?」
「はぁ、そうっすね」
女性から男性に向けてのセクハラだって件数は少ないが存在するというのに、意図は無いのか奈々は唇をちゅうっと尖らせて進行方向を見つめる。
虚な目、長いまつ毛、横から見ればその胸のボリュームは凄まじく。
しかしどうも現実味が無いというか手の届きそうにない感じがして、松井は興奮とまでは気分が上がらなかった。
いや、乗せただけの上司に欲情してはその方がおかしいのだが。
「松井くん、得意料理って何?」
「レシピあれば何でも作れますけど…イチゴのロールケーキは評判良かったですよ」
「え、お菓子も作れるの?すごーい、天才じゃない」
聞き上手を超えてもはや接待、奈々はハンドルを握る松井を持ち上げてどんどんと話を引き出してくれる。
「基本はコース料理みたいに順番に出すんですけど、見栄えにも凝ってくるとスイーツは外せないというか…パフェとかもしましたね」
「いいわね、材料は出すから作ってよォ」
「なら今度『松井会』開催するときにはお声かけしますよ」
「松井会」は彼が主催するレクリエーションの総称で、カラオケだったりドライブだったり、自宅での食事会などを指す言葉である。
「いいわね、絶対よォ?社交辞令じゃないかんね、ふふ♡」
「はいはい」
「どうせなら皆と仲良くなりたいからさ、ほら…私、見た目がなんか威圧感あるでしょう?出来るだけ丁寧な言い方するように心がけてるんだけどそれも嫌味に聞こえたりするらしくって…女子スタッフとも仲良くしたいのよね…」
ふぅと息を吐きながら腕を組めばその上に豊満な乳が乗ってぽよんと揺れる、まことに威圧感のある胸は悪気無く松井を挑発する。
「はぁ」
「この前もさ、守谷チーフが家まで送ってくれたから奥様にお礼言ったら変な空気になっちゃって。言っとくけど、私不倫とか絶対しないから…会社の男とは恋したこと無いから。女っていうフィルター外してただの上司として見てもらえたら楽なんだけどね」
「まぁ…フロア長が女性であることがポイントなんで……ミライさんもいい気分はしなかったでしょうね」
松井も守谷の妻・未来のイラつく姿が目に浮かぶ。
相手が誰であれ夫が自分以外の女性を家まで送って行くなど気分の良いものではない。
「男社会で頑張って来てさァ、今更女を武器になんてしないわよ?実力だかんね?枕とかしないからね?」
「分かってます、分かりました、」
あぁ本当に姉に似ている、酔ってクダを巻いたりウザ絡みをしたり、松井はあしらい方も心得てはいるが心底面倒くさいと思えてきた。
そうこうしていると市内の外れ、西店の隣に位置する社宅アパートに到着した。
松井は駐車場に入り適当に空いたスペースに停めてやる。
「ありがとうね、助かったわ」
「いえ、また会社で」
「うん、またね♡」
奈々は松井の肩にポンと手を置いて優しく押さえてから降車する。
ささやかなボディータッチで彼女の存在感は一気に現実味を増し、それは彼の心身を高揚させるには充分な起爆剤となった。
何を隠そう松井は童貞、風俗すらも今更行く勇気の無い魔法使いである。
「じゃあね、」
バタンとドアを閉めて車が旋回する間も奈々は松井へ手を振り続け、車道に出てからも姿が遠くなるまで見送ってくれていた。
「うわー、CGみたいだったな…」
松井はひとりになった車内で大きな独り言を呟いては、艶かしい胸のボリュームを思い出す。
恩恵はありがたく頂戴する、目に焼き付いたその形はしばらく松井を飽きさせなかった。
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