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7月(最終章)

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 7月も下旬に差し掛かった4連休初日の木曜日。

「すみません、」

「はい、いらっしゃいませ…」

理美容コーナーで松井は客に呼び止められ振り返り、その若い女性の面立ちを見てしばし固まった。

 と言ってもコンマ数秒、すぐに

「どうされましたか?」

と尋ね返す。

「ドライヤー見てるんですけど、速く乾くタイプが欲しくって…教えてもらえますか?」

「そうですねー…音とか気にされないんであればこのラインですかね、出力が強いとどうしても音が大きくなっちゃうので…」

「そっか…これとこれの違いは?」

「こちらはイオンが従来のものより…」


 あぁ似ている。

 髪の質も量もこちらを試すその目つきも、おそらく10代の彼女は松井の恋人にそっくりで…セールストークをしながらも奈々の面影がチラついて仕方ない。

 あらかた説明をすれば納得した女性客はスッと

「これにします」

と在庫カードを手に取り、シェーバーコーナーを指して

「次はひげ剃りを」

と松井へ案内するよう促した。

 女性客は連れの男性…というより高校生くらいの男子にごにょごにょと何か尋ね、

「安くて手入れが簡単なものを」

と分かりやすく商品を限定してくれる。

「それでしたらこちらとか…ここが全て外せますし、専用液とかは不要で…水道でバシャバシャ洗えますね。今週の売り出し品です、」

「ではそれで」

男子はプライス横に貼られた番号シールに対応した商品を棚下在庫から取り小脇に抱えた。


「では、次…」

「はい、」


 その後も奈々似の客は小物商品を数点松井に接客させて、全て選んだところで

「これ、全部でおいくらになりますか?」

と価格交渉に入る。

 松井はほぅと笑って2人をカウンターへ掛けさせて、希望商品を用紙へリストアップしていった。


「これがこう、こっちがこう、今の合計がここですね、ここから…これくらい、税込ですとこちら、いかがでしょうか」

本来ならば上長へお伺いを立てるのだがその時間も惜しい。

 把握している値引き幅いっぱいまで下げてガツンとかます…それは松井の悪い癖、明らかに年下と分かる相手へのマウント、自己顕示である。

 しかし客は合計金額の下3桁を指でトントンと叩いて

「……これ、端数切れますか?」

と聞き返した。

「はい……分かりました、切りましょう…こちらで、」

 もちろんそれも想定内、最終的にキリの良い金額を松井がボールペンで清書して提示すれば、女性客は

「ではそれで」

とニッコリ笑う。

「……」

「何か?」

「いえ…お支払い方法は?」

「現金で」

「かしこまりました」

 長いまつ毛、短く整えられた爪、額の形、財布から札を出して数えるその仕草も目の動きも…チラと確認すれば連れの男の子が不審そうに見つめ返してきた。

 まぁ恋人に似ているからと言及してどうなる訳でもない。

 一歩間違えればハラスメントに取られかねないので松井は知らんぷりを貫くことにした。
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