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5月
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しおりを挟む先月の乱闘騒ぎの原因は奈々を見世物にしようとした副店長に腹が立ったからだったが、今回もまさにそういうことなのである。
なのにどうして恋人同士になったというのに怒らないのか…彼女にしてみればその点が不満でもあった。
「私が何でわざわざジムに通うと思ってるの?鍛えたいのもあるけど、あなたと少しでも同じ時間を過ごしたいからよ。大切に想ってくれてるのは分かるけど、あなたそれも認めようとしないのね、」
「なに、」
「ちゃんと応えて、旭くん……私は旭くんの何?」
「か、彼女……ですよ」
「その彼女が、他の男にどうされてたの?」
「見られて、た、」
「それであなたは?どうなったの」
「腹が立って…」
奈々は鼻からため息を抜いて、
「旭くん、それを嫉妬って言うんでしょう?」
と嗜める。
「…は、い、」
「キチンと言いなさい」
「ナナさん、が、他の男に…ジロジロ見られてて…し、嫉妬で…嫌になって…置いて…帰りました…」
松井の中でじわじわと積み重なっていく「彼氏」としての自覚。
そしてそれによって生み出された嫉妬の感情は彼女に向けられるべきではなかったと奈々は更に説く。
「私は恋人が一緒にいるなら守って欲しかったわ」
「ごめんなさい、でも言ったら気分を害するかと思って、」
「私がムキムキのマッチョに惚れてたらどうするの」
「え、やだ」
「ヘタレね」
ちょっと意地悪に口を尖らせただけでも松井は自分を手放そうとする。
彼女は彼に占有されてもいいと思っているのに、意気地が無い男に苛ついた。
「………自信ない…手に負えない…荷が重い…」
「あァそう…じゃあお終いにする?」
「嫌だよ!あ……嫌だ、は、初めてなんです、こんな…劣等感というか…力が及ばないって思い知らされるの…」
脂汗、顔をぺたぺたと触る落ち着かない手、スマートな男がこれほどに取り乱すのは余程親しい者の前だけである。
おそらく家族以外では奈々だけだろう、彼女はニヤつきたいのを堪えて湧き上がる嗜虐心を隠す。
とはいえあまり虐めても可哀想か、
「だから自分より立場が下の子ばっかり選んでたんだものね、」
とニマニマ笑んで松井の首に腕を回し赤くなった頬にキスをした。
「なんなんですか、馬鹿にして…」
「自信満々なあなたも好きよ、でもヘタレな旭くんも可愛い。不慣れなことにドキドキしてストレス感じる、弱いところを見せてくれるのも好きなの。本当よ、だから手を出されなくたって待てる…でもあなたは私の恋人よ。そこに疑いを持たないで、自信を持ってちょうだい」
「はい」
「対等な関係が心地良いけど、及ばない時…私に危険があれば守って欲しいわ、知らせて、気付かせて欲しい…リードするのが無理なら半歩先を歩いてくれるだけでもいいの、対等よりちょっと上、そんな旭くんに…なってくれたら嬉しいわ」
そう言ってニッコリ微笑む奈々が美しかったので、松井は絡みつく腕を避けてそのしなやかな腰を抱き
「…尽力します…」
と唇へキスを返す。
「ふふ♡…旭くんは私のこと好き?」
「す、好きですよ…」
「うん、じゃあ行動で示して、仲直りしましょう」
「へ、ぁ、」
まさかもう?緩みかけた松井の顔に緊張と整えた寝室の情景が走り、体がガチッと強張った。
「……冗談よ、キスでもいいわ、もう1回して、」
「あ!あぁ…ごめんなさい…ん、」
「ん♡」
「好きです」
松井は脚で囲んだ床の上に奈々を座らせ、数回口付けを繰り返す。
「うん、恐い顔してごめんなさいね、ん…ん♡ぷハ…あのね、あなたが帰っちゃった後、案の定私ナンパされたわよ」
「ぇえ⁉︎やだ、」
「もちろん断ったけど…その人、すごくいい体してたわ」
「ナナさん…ごめん、ひとりにして…」
これは奈々による挑発だったのだが、がっくりショックを受ける松井に思わぬ罪悪感を覚えてしまった。
そしてオラオラ系の男とばかり付き合ってきた彼女にとってはこんなに女々しい男と深く関わるのは初めてで…狩猟本能とでも言うのか、取って喰ってしまいたい欲求にも駆られる。
「旭くん…まだ私を抱く勇気出ない?」
「いや…うーん……交際3ヶ月、が普通だって」
「高校生じゃあるまいし」
「ナナさんはそうかもしれないけど…」
「私がリードするのに」
「だめ、僕が抱きたいから」
「あら」
女々しい中に垣間見る雄らしさ、それがもし虚勢だろうと今の奈々には充分に男らしい対応に感じられた。
「そっか…じゃあ7月くらいかしら?楽しみね、ふふっ♡」
「お手柔らかに頼みます」
結局この日は松井の部屋で二人寄り添って、キス以上のことはせずに翌朝までぐっすりと眠りこける。
松井としてはむしろ挑発に乗って勢いで手を出したと思われるのが恥ずかしく、キスも抑え気味にした。
そしてこの日から松井はAV男優のコラムや眉唾物の記事まで、あらゆる情報を調べ上げて仕上げにかかる。
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