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5月

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 翌日。

 二人は予定通り松井の行きつけのスポーツジムへ向かい、奈々は新たに入会受付をしてもらう。


「平日の…夜、この、ウィークデーのナイトプランで、」

「かしこまりました、それではこちらで…」

 利用は主に平日の夜、仕事終わりに少し寄れれば御の字か…土日祝はとてもじゃないが移動してまで運動などする気にならない。 
 
 気絶するように倒れて眠る日だってある、繁忙期は特にその確率が高くなる。

「はい、確認させていただきました。では、本日の夜よりご利用いただけますので」

「はァい、ありがとうございます」

「施設案内をお付けします、どうぞ」

 プラン内で使える施設とコース、ロッカーの利用方法や売店の仕組みなどを歩いて教えてもらい、奈々はフムフムと、一応松井も後ろを付いて回った。


 あらかた案内してもらったところでスタッフと別れて、正面出入り口より駐車場へと出る。

「さて…じゃあナナさん、お昼しに帰りますか?」

「旭くん、ついでに付き合って欲しい所があるんだけど」

「なんでしょう?」

「そっちの下着屋さん。運動用のブラ…ちょっと、最後まで聞いてよ」

 皆まで聞かずに、松井は車の鍵を開けて運転席へ乗り込もうとした。

「やだ、」

「待ちなさいって、」

 そうはさせず奈々は松井の腕を絡め取り顔を寄せ、ジムが隣接するショッピングセンターへと引っ張る。

「無理です。ネットで買ってください」

「実物も見たいじゃない、サイズ豊富なとこがあるのよ、ねェ、」

「嫌だ、恥ずかしい、」

力だけなら絶対に負けないはず、しかし腕にぎゅうぎゅうと乳房を押し付けられては力も入らない。

 振り解いて怪我をさせたくもないし密着自体は嫌いじゃない、しかし女性下着の店は松井でなくとも男性には敷居が高すぎるのだ。
 
「旭くん、いずれ見るでしょう?私の胸、」

「ナナさん酔ってるの?昼間…まだ午前だよ!」

「ジムで見るでしょっつってんのよ。勝手にエッチなことだと思わないで、いいから行くわよ、」

「いやだ、そんな、いや、」


 結局抵抗らしい抵抗もできずに松井はセンターの下着屋へと連れ込まれた。

「……」

「あー、ここをしっかりホールドするのね、なるほど…」

「……」

「旭くん、これどうかしら」

「ワカリカネマス」

色とりどりの下着が吊るされた煌びやかな空間に目のやり場が無い、松井は接客を受ける奈々の後ろで地蔵のように、しかしてすまし顔で固まる。

 ただただ無心に「やれやれ、コイツの買い物は長いんだよな」と言いたげなベテラン彼氏の雰囲気を醸しながら、かつ他の客に不快感を与えないよう邪魔にならないように位置取りをした。

「あっそう、じゃあコレと…これを。良かった、相変わらず品揃えがいいわァ、助かる♡」

奈々は大きな胸を小さく見せるブラジャーと、乳房の上を押さえつけるバンドのような物を選んで会計してもらう。

 選定から終始白目状態だった松井はお見送りされてようやく周りの景色をまともに見ることができてホッとした。


「ふー、よし、じゃあ帰ってご飯にしましょうか……まだ拗ねてるの?」

「拗ねてません…怒ってるんです。ムリヤリ下着屋に連れて来るなんてハラスメントですよ」

「プライベートなんだからいいじゃない。帰ったら試着もするから見てね」

「無理、本当に」

腰を屈めて車に乗り込む松井は苦々しい顔で、同じく背を丸める奈々を軽く睨んだ。

「旭くん、ちょっとずつでも慣らしていかないと、エッチせずに妖精さんになっちゃうわよ」

「40歳?いや…それまでには…」

「そうこう言ってるうちに50歳、大魔導師ですってよ?」

 都市伝説で諸説ありだが、男性は童貞のまま30歳を迎えると魔法使いに、35歳を過ぎると妖精が見えるようになり、40歳になるとその妖精になってしまうらしい。

 もちろん未経験の彼らをおちょくったジョークである。


「失礼だな…魔法使いのうちに…いや、あの、デリケートな問題だから」

「どうしても難しかったら私からスるから言ってね?別にそこが目的な訳じゃないけど、まだ私も性欲あるから…うん、ま、帰りましょう。ごめんなさい、いじめ過ぎたわ」

「虐めてたんじゃんか…」

 まことに不本意だがそれが一番望むところ、勝手に奪ってくれれば楽で良いのに…松井はまだ彼女を押し倒す度胸が足りなかった。
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